2018年7月15日 (日)

神さまの名前(その4)

これまでおもに旧約聖書の創世記に拠りつつ、そこに登場する土地の名前や人の名前について、だれが名付けたのかとか命名の由来とかについてえんえんと愚考を重ねてきた。

ここまで来た以上、その土地や人を作った張本人である神さまの名前についても知らんふりをするわけにはゆくまい。

神さまに名前があるのかどうか?
土地や人と同じように、神さまにも固有名詞が必要かどうか?

むずかしい深刻な問いである。

手許にある中央公論社版の旧約聖書では「わたしはお前の神ヤハウェである」とみずから名乗りを上げている(出エジプト記20章2節)。

しかし、新共同訳では「わたしは主、あなたの神」としか言っていない。
数種類ある日本語訳では、ヤハウェという固有名詞を明示しないのが大勢であるようだ。

ヘブライ語の原典にはたしかに「YHWH」(ヘブライ文字をローマ字に翻字)とあるけれども、この部分をどう訳すのか、どう処理するかは複雑な歴史的経緯もあって困難な問題らしい。

いずれにせよ、私ごときには手に負えない。

神さまに名前があるのかどうか?
その名が「ヤハウェ」なのかどうかはわからないけれども、テキストをすなおに読む限りあるような気がする。

創世記(新共同訳)にも、「主の御名を呼び始めたのは、この時代のことである」とある(4章26節)。
中央公論社版では「名を呼ぶ」とは礼拝することである、と解説されているけれども、礼拝の際に何らかの固有名詞を称えたのではないだろうか?

人間にとって、固有名詞は事物にたどり着くための手掛かりである。
たとえ相手が唯一の神さまであっても、すがりつくためには手掛かりがほしい。

だからモーゼは、イスラエルの人たちから「その神の名は何か」と聞かれたらどうしよう?と神さまに問いかけたのだ(出エジプト記3章14節)。

モーゼの問いに対して、神さまは「わたしは『ある』というものだ」と答えている。
たしかに「ヤハウェ」というのは「存在」という意味らしいから、それなりに筋が通った答えと言えるかもしれないけれども、モーゼにとっては何だかはぐらかされたような気分だったろう。

それはともかく、神さまは「わが名をみだりに称えてはならん」とも言っている(出エジプト記20章6節)。
わざわざそんな訓戒をたれるということは、逆に言えば神さまの名を称えるという風習が存在していたということだ。

やはり、神さまには名前があったような気がする。
もしそうだとすれば、また私の悪い癖で「じゃあ、その名はだれが付けたのだ?」という疑問が頭をもたげてくる。
困ったものである。

それとも、神さまの名はわたしたちがふだん考える「ある」とか「ない」とかを超越した次元の問題なのだろうか?

 

| | コメント (0)

2018年7月 8日 (日)

土地の名 人の名(その14)

前回はやや尻切れトンボに終わった感がある。

名あるいは名前のことを考え始めると、疑問ばかりがどんどんふくらんでいって収拾がつかなくなるのだ。
困ったものである。

それでも懲りることなく、また気を取り直して考えはじめる。
今回もどうやらそんな雲行き。

創世記によれば人類の始祖である人間はアダムという。

この名は神さまが命名した。
創世記5章2節にそう明記されている。

ところが、事態はそうすっきりとは片付かないのだ。

この人のことをどう呼ぶべきか?
少なくとも7種類ある日本語訳の間でずいぶん異同がある。

はじめはこの最初の人間のことを単に「人」と呼んでいる。
この点はどの訳でも共通しているようだが、叙述が進むにしたがってこの人の呼び方にさまざまなバリエーションが生じてくる。

「彼」という代名詞を用いる場合、「男」という普通名詞を用いる場合、あるいは「アダム」という固有名詞を用いる場合など。
また、「アダム」という固有名詞の初出箇所も異なっている。

それぞれの訳書ごとにしかるべき考えがあって使い分けているのだろうけれど、では、それはどのような基準によっているのだろう?

ヘブライ語で表記された原始創世記では、この点どう表現されているのだろう?
神さまの創造のはじめから「アダム」(にあたるヘブライ語)で、統一されているのだろうか?

こんな幼稚な疑問は原書に当たればすぐ氷解することは分かっているのだが、いまからヘブライ古語を勉強するのも億劫だし…。

前回もお話ししたように、神さまが命名したのはアダムだけである。
奥さんのエバの名はアダムが付けた。

解説によるとエバは「いのち」の意味だそうだ。
そもそも「アダム」の語も、「土」あるいは「人」の意味だというから、初期の固有名詞は普通名詞の流用から始まったのかもしれない。

少し前に命名主はだれかを問題にした「エデン」という地名も、「平原」という意味だという。

固有名詞は個体識別の用を果たせばいいいのだから意味は不要なはずだけれど、やはり意味とのつながりは切ることができないようだ。

だとすれば、アダム、エバ夫婦の間に生まれた人類最初の子供であるカインとアベルの名も何らかの意味を持っているのではないかと思われる。

アダムとエバはどんな思いでこの子たちの命名をしたのだろう?
悪い癖でまたしても詮索したくなってくる。

| | コメント (0)

2018年7月 1日 (日)

土地の名 人の名(その13)

年のせいか、どうでもいいようなことに変にこだわる癖がつてきた。

エデンという地名にしろ、アダムという人名にしろ、だれがどういういきさつでそんな名を付けたのか?
なんて、多くの聖書読みは気にもとめないにちがいない。

うんうん、そうか、と素直にすんなりと読み進めていくにちがいない。

それにこんなことにこだわってもいいことは何一つない。
前回の最後に書いたように、カオスに落ち込んでいくのが関の山だ。

それでもことばが世界を作っているのだから、その「ことば」の実体である「名前」にはこだわらざるを得ない。

固有名詞であれ普通名詞であれ、はたまた動詞や形容詞や助詞であれ「名前」がある以上、いつかだれかが何らかのいきさつでこの世に送り出したのだ。

私はその瞬間を凝視したい。

だから今日もまた(人から見ると)つまらないこだわりが続く。

おさらいをしておこう。
神さまは天地創造の6日目に土くれ(アダマー)から人(アダーム)を創造した(1章26、27節、2章7節)。
そして、その人をアダムと命名した(5章3節)

また神さまは女も創造した(1章27節、2章22節、5章2節)。
ただ、女の名はすでに世にあったアダムがエバと付けた。

解説によればエバとはいのちの意味だそうだ。
アダムもまた土や人の意味を持つというから、この世の初期には普通名詞から移行する形で固有名詞が成立したのだろうか?

さて、時移り世界最初のこの夫婦は世界最初の赤ちゃんを産んだ(4章1節)。

カインというこの赤ちゃんの名前はだれが付けたのか創世記は触れていない。
だが、「この子の名前、どうしようかねえ」と、いまと同じくアダムとエバが知恵を絞って命名したと考えるのが自然だろう。

カインという名がどのような意味を持っているのかはわからない(もちろん固有名詞だから、意味などなくてもかまわないが)。

アベル殺害事件の後、カインは結婚して子供を作った(4章17節)。
そしてその子をエノクと名付けた(と思う)。

その次にわりに重要な記述がある。
カインは町を建設しその町を息子にちなんでエノクと名づけたというのだ(4章18節)。

つまり人類最初の町の名は人名にちなんで命名されたのだ。

このような例は近代史にもある。
レニングラードやスターリングラードなど。
もっともこれらはソ連崩壊後もとの名前に戻ったけれど。

アメリカのワシントンもそうだろう。
愛知県豊田市もそうかもしれない。

しかし、本来土地の名は人の名に優先するのが自然だと思う。
ワシントンだって、もともとその姓は一族が発祥した土地の名からとられているのだ。

日本だって、比企の庄から勃興したから比企一族を名乗る、三浦の郷から出たから三浦一族を名乗るなど、土地をベースに姓が形成されているのが普通だ。

それはさておき、創世記ではカインが町を建設し息子にちなんでエノクと名付けたあと、ノアに至るまでえんえんと系図が紹介される。
さまざまな名前が登場する。

創世記は何も書いていないが、最初の人間アダム以外はいまと同じように親たちがあれこれ悩んで名前を考えたのだろう。

エノク、イラデ、メホヤセル、メトサエル、レメク、ヤバル…。

何をヒントにこのような名を考えたのだろう?
創世記執筆者の生きていた時代にこんな名が多かったのだろか?

「卑弥呼」と同じくみな単名である。
いまのような姓と名の組み合わせじゃない。

大昔はみなそうだったのだろうか?
単名で間に合ったのどかな時代だったのだろうか?

| | コメント (0)

2018年6月25日 (月)

土地と名前(その8)

前回は最後のほうで少々いじけてしまった。

でも、だれも何も言わない以上、いじけるだけの値打ちはあるのではないか。
そう開き直ってみたい気もする。

それというのも、名あるいはことばが創世記が語る天地創造ではとても重要な役割を果たしているからだ。

まず、神さまが「光あれ!」ということばを発したから光が生まれ闇が生まれた。
そして神さまは光を昼と呼び闇を夜と呼んだ。

つまりそこで時間が誕生し、時間の分節が始まったのだ。
「朝となり夕となって、一日が終わった。」

創造の二日めに神さまは「大空あれ!」と言った。
すると、そうなった。
そして大空を天と呼んだ。

つまりそこで空間が生まれ、空間の分節が始まったのだ。
あとはみなさんご案内の通り。

時間が生まれ、空間が生まれ、時空間の秩序が生まれたのはすべてことばのわざによる。
創世記はそう語っているのだ。

地名もまたことばである以上、私がエデンの園やそこを源流とする4本の川の名の由来を問題にするのは少しもおかしくない。
何といってもこの世で最初の固有名詞なのだから(少なくともキリスト教世界では)。

ついでだから、この際人名についてもこだわってみたい。

神さまは創造のプロセスで植物を作り動物を作り、最後にみずからに似せて人間を作って世界の支配権を与えた。

その最初の人間の名はアダムと言った。

人は赤ちゃんが生まれるとその子に名前をつける。
どんな名前にしようか?けっこう思い悩むものである。
私にもそんな経験がある。

アダムの名付け親はもちろん創造主の神さまである。
神さまもそれなりに悩んだのだろうか?

このあたり、旧約聖書の言語であるヘブライ語とその日本語訳との関係が問題になってくる。

日本語訳の聖書では、最初は単に「人」となっていて「アダム」という固有名詞が登場するのは4章の終わりないし5章のはじめからである。

解説によれば「アダム」は「人」の意味ということだから、ヘブライ語で書かれた原創世記では神さまがアダムを創造した時からずっと同じ語で通してきたことになる。

ならば5章第3節で、神さまがアダムと命名したという記述はどのような意味を持つのだろう?

多くの日本語訳の間にも異同がある。

ある訳では、5章3節でアダムの命名が初出するのに、すでに4章25節でアダムの名が明記されている。
別の訳では、同じ個所はまだ「人」と表記されている。

こうして考えれば考えるほど、混乱は深まってくる。
まるで宇宙開闢のときの混沌のようだ。

| | コメント (0)

2018年6月17日 (日)

土地と名前(その7)

前回は最後のところで大風呂敷を広げてしまった。
戦線を広げすぎて収拾がつかなくなり、お手上げ状態に陥ってしまった。

われながらみっともない。
だから、戦線拡大前に戻ってもう一度じっくり着実に考え直してみたい。

前回はアダムが動物たちに名づけをしていくシーンが登場した。
その関連で創世記を読み直してみた。

するとまたしても素朴な疑問がわいてきた。

神さまが土くれから人を創造された時のこと。
そのあと創世記は、「そこでヤハウェ神は東のほうエデンに園を設けて」人をそこに住まわせた、と語る。

「エデンの園」という名は、日本のような非キリスト教圏でも人口に膾炙している。
宝塚には同名の介護付き老人ホームもある。

それだけ印象のいい名前、楽園の別名なのだ。

しかし、私がひっかかったのはこの部分である。

「エデン」というのは地名、あるいは場所の名前である。
名前であるからには、「智頭」と同じくいつか、だれかが付けたのだ。

しかし創世記はそんなことお構いなしに、まるで始原からその名が存在するかのように唐突に「エデン」を持ち出してくる。

エデンという地名を神さまが名付けたとは書いていない。
神さまの名づけ以前からその名があったとも書いていない。

このあたり、創世記は知らぬふりをしている。

エデンの園を源として川が流れ出し、4本の川に分流している。
4本の川にはそれぞれビション、ギホン、ヒデケル、ユーフラテスという名がついている。

これまたエデンと同じく、命名のいきさつは何も語られていない。
さも名があるのが当然のようにその名が呼ばれている。

多くの素直な人びとも当然のようにその記述を受け入れている。
なるほど人は最初エデンの園に住んでいたのか、そこからはこれこれという名の4本の川が流れ出していたのか、と。

地上におけるエデンの園をどこに比定するのか、という論議は昔からかまびすしく行われてきた。
やれアルメニア地方だろうとか、やれいまは海底になっているペルシャ湾のどこかであろうとか。

それに比べて、エデンという名や4本の川の名そのものが議論になった形跡はない。
みんなそのあたりはスルーしている。

だれが、どういういきさつでその名を付けたのか、ということにこだわるのは私だけなのだろうか?
そんなことどうでもいいじゃない、もっと大事なことがあるじゃない。

みんなそう言うのだろうか?
要するに私がへそ曲がりなだけなのだろうか?

| | コメント (0)

2018年6月10日 (日)

土地と名前(その6)

5月の晴れた日に鳥取県智頭町を訪ねたことがきっかけとなって、土地とその名の関係への疑問が再燃した。

8年前の秋にはじめて土地と名前のかかわりについて考えたのも、小海線で小諸から小淵沢まで列車の旅をしたことがきっかけだった。

私はこれまでさまざまな旅をかさねてきた。
それはそのままことばの不思議をめぐる旅でもあった。

だから似たようなテーマについて、あきもせず繰り返し考えている。
そして、素朴な疑問への答えは一向に出ない。

8年もたってまた同じことを考えている。
少しも進歩がない。

と言えるかどうか?

同じような疑問を考えているようで、よくよく観察すると実は位相が異なっているかもしれない。
次元が一つ上がっているかもしれない。
そうであればよいのだが…。

土地の名に意味はいらない。
他と区別できる符牒であればよい。

だから、「ちず」でなく「ずち」であってもかまわない。
それでも里の人たちは「ずち」でなく「ちず」を選んだ。

それはまったく偶然の出来事だったのだろうか?
そこに何らかの意味の働きはなかったのだろうか?

わたしたち人間は「意味」を求めてやまない生物だから、名の成立にはどうしても意味の関与を求めてしまうのだ。
そうして風土記は地名起源説話を語り、地名学者や郷土史家たちはいまも語源を研究している。

地名は固有名詞である。
でもこのことは固有名詞にとどまらない。

普通名詞でも名づけと意味の関係を考えざるを得ない。
固有名詞の場合無意味な音声記号でもさしつかえないけれど、普通名詞はそうはいかないからなおさらだ。

旧約聖書の創世記には、アダムの前に連れてこられた動物に彼が次々名前を付けていく、神さまがそれを見守っているというシーンが登場する。

アダムはどんな思いで名を付けたのだろうか?

「こいつはにゃーにゃー鳴くから、ねこと名づけよう」
彼はそう考えたのだろうか(アダムは日本話者じゃなかったけれど)?
だとすれば命名に意味が働いたことになる。

犬に対して「ぬい」ではなく「いぬ」と命名したのはどうか?
「ぬい」でもよかったのだけれど、たまたま「いぬ」という音声が口をついて出たからそうなった。
とすれば、この場合「意味」は働かなかったことになる。

うーむ。

考えてみればこの問題は名詞だけに限らない。
動詞でも形容詞でも、はたまた助詞でさえこの問題を抱えている。

こうして事態は際限なく広がってゆき、もはや収拾がつかなくなるのだ。

| | コメント (0)

2018年6月 3日 (日)

土地と名前(その5)

中国山地の山あいに「ちず」という小さな町がある。
5月のある晴れた日にその地を訪れたことは少し前にお話しした。

山間の小さな静かな町を歩きながら、「ちず」という地名に思いをはせてみた。

「ちず」の名は「和名類聚抄」に登場するから、遅くとも奈良時代以前からあった。
いま、「ちず」には「智頭」という漢字が当てられているけれど、その名はおそらく漢字伝来以前からあった。

つまり、はるかな昔にだれかが何らかのわけを以って、この地と「ちず」という音声記号を結びつけたのだ。

むろんその「だれか」なんて分かるはずもないから、里人の集合的無意識がその名を成立させた、と前回は逃げを打った。

地名にはいちいち「意味」など必要ない。
単なる符牒、無意味な音声記号でも十分こと足りる。

しかし、智頭の里人がこの地と「ちず」という音声記号を結びつけるにあたってまったく恣意的だったということはあり得るだろうか?
これが私の素朴な疑問である。

ある時、「ちず」という音声記号があらわれ、それがこの地を指すものとして人々に受容され共有されることではじめて「ちず」という地名は成立する。
そのプロセスの中で「意味」が何らのはたらきもしなかった、なんてことが本当にあるのだろうか?

8年前の秋にも、地名と意味の関係についてシリーズで考えてみた。
けれど、私の力量ではなにひとつわからなかった。
今また同じことを考えている。
少しも進歩がない。

いずれにせよ、地名はこうして人を引きつける。
マルセル・プルーストは「土地の名」を発見したことで「失われた時を求めて」の執筆を始めた。
そう述べる批評家もいるくらいだ。

いま私が住んでいるこのあたりは須磨と明石にはさまれている。
須磨、明石は源氏物語にも登場するから古い地名である。

だから、地名の由来を語る俗説もいっぱいある。
たとえば、須磨は摂津国の西のすみっこだから「すま」という地名が付いたーなど。

こんなのは無論こじつけにすぎない。
しかし地名の成立に何らかの「意味のはたらき」を求めるなら、こじつけであれ何であれそれらしい理屈を考えざるを得ない。

その点、いま私が住んでいるこのあたりは高度成長期に宅地開発が進んだところだから、地名の詮索は簡単だ。
たとえば、「星陵台」、「松が丘」など。

いつ、だれがつくった地名なのかすぐわかる。
開発時に業者がつくったのだ。
もちろん「意味」をちゃんとくっつけて。

こうして地名についてあれこれ考えてみるのは、益はないけれど退屈しない。

| | コメント (0)

2018年5月26日 (土)

土地と名前(その4)

「私がいまいるところ」は、私という存在の原点である。

だから、わたしたちはその原点を確認し把握し、あわよくば支配するために土地に名前を付ける。
前回はおおよそそんなお話だった。

その地名の由来は、命名した当人にはわかっていよう。
しかしその人ははるか古代の人なのだ。

現代に生きるわたしたちが生まれた時にはもうその地名はあった。
だから地名は分かっていても、一体どうしてそのような名前が付いたのかはわからない。
由来がわからないと、存在の基盤は盤石とはいえない。

だから、徒労とわかっていてもわたしたちは地名の詮索に向かう。
「智頭」という地名はどのようにしてできたのだろう?

地名の詮索にあたって、まず漢字の束縛から自由にならないといけない。
漢字は意味表示機能が強力だから、ついつい漢字が発する意味に引きずられて迷路に踏み込んでしまう。

地名は漢字伝来のはるか昔から存在したのだから、ここから先は「智頭」ではなく「ちず」(あるいは「ちづ」)と表記しよう。

100万年前、ちずにはまだ人はいない。
ちずどころか、日本列島があったかどうかもあやしい。
そのころ、わたしたちはまだ東アフリカの峡谷にいた。

縄文遺跡が発見されているから、1万年前くらいにはちずには人が暮らしていた。
ユーラシア大陸から渡ってきた人々は最初、日本海の沿岸に集落を作った。
そこから徐々に内陸に進出していったにちがいない。

ともあれ、縄文時代にはちずには人がいた。
でも、個体識別のための人名はまだなかった。
現代のような「個人」の概念はまだ確立していなかったから、人名などなくてもさほど困らなかった。

しかし地名がないのは大層困る。
自分たちが暮らしているここはどこだ!?

ちずの縄文人たちは、きっと大変な存在不安に駆られたことだろう。

それに応えて、ある人がつぶやいた。
そうだ、この地を「ちず」と呼ぶことにしよう!

その人は、村の長老だったろうか?
それとも、みなに知恵者として敬われていたひとだったろうか?

あるいは特定の個人ではなく、村人の集合的無意識が生み出したのかもしれない。
特定個人など確かめようもないのだから、集合的無意識のなせるわざ、としておくのが穏当だろう。

それにしても、命名の由来は依然としてわからない。
私見では、かくかくしかじかでこの地名ができた、という類の解説はすべてあとづけの知恵にすぎない。

この山間の小天地がどのような理路で「ちず」という日本語音と結びついたのか、という問いに対する答えはひょっとすると神さまの領域にしかないのかもしれない。

それはさておき、「智頭町史」というものができているのなら、その先史時代の部分を読んでみたいものだ。

| | コメント (0)

2018年5月20日 (日)

土地と名前(その3)

「私がいまいるところ」は、ある意味私という存在の原点である。
原点が定まってこそ、私は私をとりまく世界の空間構成を把握することができる。

その原点を確認することを手始めにわたしたちは自分なりの世界秩序の形成に乗り出すのだ。
自分の原点があいまいで確かめることがかなわなければ、わたしたちは途方に暮れるしかない。

だから、人は土地に名前を付ける。
名前を付けて、存在の足場を固める。

ほら、ビルの根っこの部分によく「定礎」のプレートが貼ってあるのを見かけますね。
あれと同じ、まず自分の礎を定めるのだ。

地名をつけるという大仕事をすでに過去の人がやっている場合は、今度はその由来について異常な関心を示す。

和銅6年5月、朝廷は風土記撰進の官命を発している。
その中で特に「山川原野の名号の所由を言上せよ」と述べている。

地名を把握すること、その由来を明らかにすることは、その土地をルーツとする人々にとっては自分たちの存在をたしかめることであるけれども、中央政権にとってはその土地を管理することでもあったと思う。

GWのある晴れた一日、私は鳥取県智頭町を歩いていて「智頭」の地名の由来について思いをはせていた。
古代人だけでなく、現代に生きるわたしたちだって地名に対する関心は浅くない。

このことはもちろん日本だけの現象じゃない。
10年前にもお話ししたことだけれど、「失われた時を求めて」の最初のほうに貴婦人のサロンでフランス各地の地名の由来についてえんえんと蘊蓄をかたむける物知りが登場する。

どうやら地名に対する人々の関心は古今東西変わらないようだ。
地名がわたしたちの存在の原点であることを考えれば、このことも納得できる。

ただ、地名と人名を対比した時には東西の差が出る。

世界の空港の名前には、J.F.ケネディ空港やシャルルドゴール空港のように、公共施設に人名、それも比較的最近の実在の人物の名を付けることが珍しくない。
また、空母「ジョージ・ワシントン」なんてのもある。

日本では首都近郊に第3の空港を作るとして、その空港に「安倍晋三空港」なんて名前を付けることなど考えることもできない。
軍艦だって「大和」であり「武蔵」であって、「東郷丸」なんて命名はできない。

総じて西洋では事物の名づけにあたって個人のキャラが立つことを厭わないようだ。
これに対して、日本では人の名が土地の名をさしおいて前に出ることなどありえない。

日本では地名は自分たちの存在の原点であり絶対的なものだけれども人名はしょせん相対的なものにすぎない、と観念されているせいかもしれない。

| | コメント (0)

2018年5月13日 (日)

土地と名前(その2)

ゴールデンウィークのとある一日。
その日は申し分のない五月晴れだった。

鳥取県智頭町に行った。
智頭鉄道の「恋山形」駅に降りた。

駅は「恋」のコンセプトでアピールしているらしく、駅舎が派手なピンク色に塗りたてられていた。

あまり趣味がよくない。
新緑の山林に囲まれたまわりの景観とまるで調和していない。

「恋」のコンセプトで地域振興を図りたい気持ちはわかるが、駅長さん(無人駅だけれど)、町長さんには一考をお願いしたい。

駅からてくてく20分ほど歩いて、6年前に廃校になった旧山形小学校に行った。

いまはその一部が智頭林業資料館として再利用されている。
そのほか山形地区振興協議会などいくつかの団体、会社の事務所が入っている。
「五感のチカラ研究所」や「京都大学デザイン学大学院」なんていう看板もかかっていた。

あいにくカギがかかっていて中に入れなかった。
古びた校舎の裏手に回って、雑草の生えただれもいない校庭で深呼吸をした。
森のにおいがした。

この山あいの町は「ちずちょう=智頭町」という。
名前があるからには、いつか、だれかが付けたにちがいない。

いつ、だれが、どういういきさつで付けたのだろう?
歩きながら考えた。

地名の起源など考えたところで、しょせん徒労に終わる。
起源は古代にたちこめる深い霧のかなたに隠されてしまっている。

そんなことは分かっているのだが…。

ネットで少し調べてみると、地名の由来としてみっつほど説が紹介されていた。

1.「チ(道)・ズ(頭)」(都から因幡国に入る最初の郡)の意
2.「ツツ(筒)」状の地形の土地の意
3.マオリ語の「一番高いところに位置する土地」を意味する「チヒ・ツ=TIHI-TU」の転訛

1について
「ち」という日本語音が「道」を意味するのは分かるが、「頭」を「ず」と読むのは字音である。
つまり漢字が伝来してからの読み方だ。
「ちず」の地名は漢字以前からあったのだからこの解釈はおかしい。

2について
古代の人々はなにごとにつけ素朴だったからこの説はあり得る。
北信濃の妙高山だって、古くは単に「なかやま」といった。
里人がまわりの景観を見渡したところ中央にどっしりそびえているのでそう名付けた。
漢字が入ってきて「なかやま」に「名香山」の文字を当て、さらにその音読みを好字に変換して「妙高山」になったのだ。

3について
奇想天外、荒唐無稽。

本当に地名について考え始めるときりがない。
2008年の秋にも、このブログで何回かにわたって地名について考え続けた。
10年たっても同じことをしている。
われながら進歩がない。

しかし、土地はわたしたちの存在を支える文字通りの基盤である。
「私は今どこにいるのか?」という問いに答えがなければ、わたしたちは不安で仕方がない。

だから、土地に名前を付ける。
名前を付けて認識し、あわよくばわたしたちの管理下に置こうとする。

だから土地の名前のほうが人の名前より先なのだ。
人の名前は土地の名前に由来することが多い。

地名の起源など考えたところで、しょせん徒労に終わる。
それでも、地名のルーツへの情熱は冷めない。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

文化・芸術 | 日本語教育