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2024年5月12日 (日)

一音節語をめぐって(その27)

「や」行はやや特殊である。

そもそも現代語では「や」行の「い」と「え」は音韻的に「あ」行の「い」と「え」と同じである。
「や」行で有意味な音節は、「や」、「ゆ」、「よ」だけである。
だから、五十音図では「や」行の「い」と「え」の欄は空欄にすることもある。

日本語の音節は頭子音と母音でできているが、「や」行の「い」と「え」は頭子音を欠いているので、「や」行全体を半母音と呼ぶことがある。

それにアルファベットはすべての文字に大文字、小文字の区別があるけれども、日本語のかなで小文字があるのは「つ」と「や」、「ゆ」、「よ」だけである。
「つ」の小文字は促音の表記に、「や」、「ゆ」、「よ」の小文字は拗音の表記に用いられる。

もちろんこれは戦後の表記である。
昔は促音も拗音も大文字で表記した。
したがって、「や」、「ゆ」、「よ」の小文字はなかった。

さて、「や」の一音節語はまず「矢」である。
「矢」は古代から有力な武器として用いられてきた。
昔の武将の絵には、たいてい弓矢が描かれている。

矢は「攻撃性」、「速さ」、「鋭さ」を象徴しているから、これらを含意する慣用句も少なくない。
「矢でも鉄砲でももってこい!」、「光陰矢の如し」、「矢もたてもたまらない」、「矢の催促」など。

それから「八」がある。
もともと数詞であるが、たんに8を意味するだけでなく古代では数が多いことあらわした。
「八雲立つ出雲八重垣…」のように。
「八百万の神々」、「うそ八百」もそのような意味だろう。

「谷」は低湿地の地形を意味する。
いまは主に地名に残っている。
関東はこんな地形が多かったのか、「や」のつく地名が多い。
「渋谷」、「四谷」、「千駄ヶ谷」、「阿佐ヶ谷」などのように。

関西では「や」という地名はない。
「たに」という。

一音節語ではないが、接尾語の「や」もある。
「坊や」、「ばあや」、「ねえや」などのように。

「坊や」を除いて今はほとんど死語になっているが、母は子どもの頃の「ばあや」について話していたことを思い出す。
血縁関係はないが、乳をやったり子供の世話をする人のことである。
「乳母」とも言う。

以上は和語だけれど、広辞苑には「や」と読む漢字が、「夜」、「野」の二つが出ている。
「夜間」、「野外」など日常的にわりとよく使うが、一音節語ではない。

「夜」は意味はひとつだけれど、「野」はふたつある。
ひとつは「の」である。
野原のように、広々と開けたところである。

もうひとつは「や」である。
「官」との対比を意識している。
政府と離れたところを意味している。
「在野」も「下野」もその意味の熟語である。
「野党」は政府の反対勢力である。

政府が正統という意識のせいか、多少軽蔑のニュアンスも含まれている。
「野卑」とか「粗野」ということばはそんな意味で使われている。
「野人」などという語には、洗練されていないという意味がある。

一方で何物にも縛られない自由奔放さにあこがれる意味もある。
もともと「や」は政府と違って広々と開けたところなのだ。

ことばはなかなか一筋縄ではいかないものである。

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