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2024年4月28日 (日)

一音節語をめぐって(その25)

「み」の一音節語と言えばと言えば、まず「身」である。
「み=身」の原義は人間の身体そのものだから、意味も使い方も多い。

「み=身」単体で一音節語的に用いることはあまりないが、慣用句的によく使う。
「身を投げる」、「身が持たない」、「身につく」、「身を落とす」、「身も蓋もない」、「身から出た錆」、「勉強に身を入れる」,
「身が引き締まる思い」などのように。
広辞苑にはこの種の慣用句が50以上も出ている。

それから「み=実」がある。
「椰子の実」のように樹木にみのる果実のようなものである。
それだけでなく、「味噌汁の実」のように中身を意味することもある。
中身の身と実は音も意味も共通しているように思える。

一音節語ではないが、「み=美」は意味がいいので女の子の名前によく使われる。
直美とか昌美とか美穂子とか美祢子とかのように。

「み=美」は広辞苑には載っていない。
漢和辞典では「美」の字音は漢音で「び」、呉音で「み」」と出ている。
したがって、この場合の「み」は字音なのだろう。

さらに「み」は美称の接頭辞として用いられることがある。
「み吉野」、「みこ」、「おみ足」などのように。
この場合の「み」には「御、美、深」などの漢字を当てる。

また、「み」は形容詞の語幹について名詞化する接尾辞としても機能する。
「深み」、「高み」、「重み」、「甘味」、「苦味」、「ありがたみ」のように。

日本語で「み」と発音する漢字は少ない。
もちろん一音節語ではない。
「未完成」の「未」、「味覚」の「味」くらい。

ただし、「味」の訓である「あじ」は一音節語として使われている。
「味なまねをしやがって!」、「味が薄いね」、「ひとあじ違うおもむき」などのように。
味なことばである。

次の「む」は、和語でも漢語でも一音節語はない。
珍しい音節である。

「む」と読む漢字としては、ただ一つ「無」が広辞苑に載っている。
「無理」、「無駄」、「無意味」など日常常会話でも割によく使う。

一方で、哲学的、思想的な漢字でもある。
「有」と対立しているから、その意味で私たちの生存にとって根源的な意味を持っている。

ほかに「夢」がある。
「夢中」とか「夢遊病」とか言うが、広辞苑の「む」の項には出ていない。
いっぽう、明鏡国語辞典には出ている。

広辞苑の場合、「無」に比べて「夢」は無視してかまわない、ということだろうか?
このあたりの編集方針の違いが面白い。

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2024年4月21日 (日)

一音節語をめぐって(その24)

「ま」については、まず和語に「間」という一音節語がある。
「間があく」とか「間が伸びる」という言い方は割合よくする。

要するに「あいだ」の意味である。
空間的な「あいだ」にも、時間的な「あいだ」にも使う。

人と人は、ふつうあまり接近しすぎてはいけない。
だから、人は適度な「間」を大切にする。

こういう大事なことばだから、他にも使うことがある。
たとえば、「京間」とか「江戸間」のように、家の間取りをいうこともある。

また、慣用句も多い。
「間に合わせる」、「間が抜ける」、「間が悪い」、「間を置く」などのように。

それから、広辞苑には「馬」も出ている。
ふつうは「うま」というけれども、古語では「ま」という一音節語もあった。
人名でも坂本龍馬のように「ま」と読む。

漢和辞典では「馬」の字音は漢音では「ば」、呉音では「ま」となっている。
訓では「うま、ま」と出ているが、私はこれは怪しいと思っている。

本当は「ま」は訓ではなく音ではないのか?
「うめ」と同じように、語頭に「う」を付加しただけではないのか?

「梅」は漢和辞典では音は「ばい」と出ているが、中国語音では「めい」である。
でも私は言語学の専門家ではないので確定的なことは言えない。
どなたかご教示をお願いします。

それから一音節語ではないが、接頭辞としての「ま」がある。
漢字では「真」と表記する。
「まじりけのない、完璧な」という意味である。

真正面、真ん中、まんまる、真っ白、真四角、まっすぐ、などたくさんある。
どれもよく使う。

新語では「真逆」という言い方もよく使われるようになった。
とにかく強調したいときには、便利な接頭辞である。

字音で「ま」と読む漢字は多くないが、「魔」という魅惑的な漢字がある。
字形に「鬼」が住んでいて恐ろしい。
「悪魔」とか「魔物」とかいって、怖がられている。

でもそれだけではない。
「魔」には「不思議な力」という意味もあって、これは必ずしも悪い意味だけではない。
「魔力」と言えば「すごい力」という意味になる。

そういえば、「魅」の字にも「鬼」が住んでいる。
「鬼」が住んでいるけれども、魅惑とか魅力とか言って人を引き付ける作用がある。

「鬼」は怖いけれども人を引き付ける力も持っている。
私も「ことばの魔力」に囚われてしまったのかもしれない。

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2024年4月14日 (日)

一音節語をめぐって(その23)

は行の最後は「ほ」である。

和語の一音節語としてはまず「穂」がある。
「稲穂」、「槍の穂先」、「麦の穂」など。
現代語では一音節語として使うことはそれほど多くないけれども、一音節語として扱うことができる。

とにかく先端であり先っぽである。
だから、他に抜きんでて優れていることも「ほ」であらわす。
この場合の「ほ」は「秀」という漢字を当てる。
辞書にも「穂は秀と同源」と説明されている。

漢和辞典では「秀」の字音は「しゅう」、訓は「ひいーでる」と出ている。
訓に「ほ」はない。

「秀=ほ」は漢字には無関係の読み方だと思う。
日本語話者が、「穂」の形態から連想してこの読み方を成立させた。

「秀」はこのようにいい意味を持つ字だから、人名にもよく使われる。
「秀雄」とか「俊秀」とか。

ただし人名の場合に限り、豊臣秀吉のように「ひで」と読む。
この読み方も漢和辞書には出ていない。
なぜこのような読みが成立したのだろう?

それから、もうひとつ和語の一音節語として「帆」がある。
「帆=ほ」は漢和辞典にもちゃんと訓として出ている。、

海や船に関係が深いから、若干詩的なことばである。
でも、現代語では一音節語として使うことはそれほど多くない。
「帆を上げる」という言い方があるが、そもそも現代では帆船がほとんどないからこの言い方もすたれている。

「ほ」と読む字音もそこそこあるが、一音節語はない。
「歩行」の「歩」、「保険」の「保」、「哺乳類」の「哺」、「逮捕」の「捕」、「補足」の「補」、など。

これで、は行はおしまい。
は行で印象的だったのは、は行転呼という発音変化である。
「私は」のように、は行転呼以前の表記が守られていることがある。

これにはいろいろな事情があるのだが、わざと昔の表記を使うことが効果的な場合もある。
「やはらかに五穀うるほす春の雨」のように。

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2024年4月 7日 (日)

一音節語をめぐって(その22)

「へ」と聞いてすぐ思い浮かぶのは「屁」。
これは身近な語である。
「へ」は和語の一音節語である。

しかし、漢和辞典で確認すると「屁」には訓がない。
「屁」の本来の字音である「ひ」が転訛すると「へ」になる。
それがたまたま和語の「へ」と合致した。

なので、「屁」は漢語の一音節語である、という誤った理解につながることがある。
どうもややこしい。

「へ」にはもうひとつ謎がある。
青森県東部から、岩手県北部にかけて「戸」のつく地名が多い。
八戸がいちばん有名だけれど、一戸から九戸まである。

この場合の「戸」は「へ」と発音する。
この場合の「戸=へ」は一音節語とみなして良いだろうか?
さらに、和語だろうか漢語だろうか?
いずれも微妙である。

「戸」の地名起源には諸説あるけれども、桓武天皇の頃の坂上田村麻呂の東北遠征と関係があるらしい。
彼が遠征の際、九つの柵を設けたことがもとになっている。

その柵を中心に人が集まり集落ができたのでこの地名がついた。
漢字の「戸」は人や集落を意味するからこの地名は漢語と言えるかもしれない。
いずれにしても、「戸」を「へ」と発音するのはこの地名だけの現象であり興味深い

どうして「戸」を「へ」と発音するのだろう?
漢和辞典で確認すると、「戸」の字音は「こ」、訓は「と」と出ている。
「へ」は音でも訓でもない。

青森県にはほかにも「戸来=へらい」という地名があるから、「戸」を「へ」と発音するのは青森県特有の現象かもしれない。
この点については青森県の人に教えてもらいたいと思っている。

広辞苑には、「戸」が「へ」として出ている。
戸籍のことを言う、と解説にある。
用例として、欽明紀の記述が出ているから、古代には和語の一音節語として使われていたのかもしれない。

それから、助詞の「へ」がある。
助詞は自立語ではないからこのシリーズでは扱っていないが、は行特有の現象と関係があるので少しだけ触れたい。

それは前に触れたは行転呼のことである。
思い出していただきたいが、語中のは行音がわ行に移行する現象である。

助詞の「へ」にもこの現象が起こっていて、この場合の「へ」は現代語では「え」と発音する。
「私は」の「は」も同じであり、「わ」と発音する。
でも表記は、は行転呼以前のままである。

これは発音通りに表記する、という現代かな遣いの原則の例外である。
私たち日本語話者はこの表記にすっかり慣れてしまっているが、日本語学習者には難しいかもしれない。

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