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2023年12月17日 (日)

一音節語をめぐって(その12)

語頭にさ行音がくる語にはさわやかな印象を与えるものが多い。
たとえばー。

さーさわやか さおとめ さぎり さなえ
しーしなやか しなの
すーすずしい すみれ
せーせせらぎ せ
そーそうかい(爽快は漢語だが)

なぜだろう?
他の言語にもこのような現象は認められるのだろうか?

さ行音は発声する時、摩擦を伴う。
その摩擦が発生する時の音がさわやかな印象をもたらすのだろうか?

「さ」の一音節語を検討してみたい。

検討したところ、なぜか和語では自立語の一音節語はない(現代語では)。
「差」や「左}はよく使われるけれどみな漢語である。

{さ」は和語では自立語ではないけれど付属語としては割によく使われる。
「早乙女」や「狭霧」や「早苗」における{さ」は接頭辞と言えるだろう。
さわやかな印象をもたらす効果がある。

接尾辞として使われることもある。
たとえば「昨日は休日だったのさ」のように。
軽めの言い方である。

同じく形容詞、形容動詞の語尾について名詞化する効果もある。
たとえば「爽やかさ」、「涼しさ」、「重さ」、「高さ」のように。

面白いことに現代語ではほとんど使われないけれど、「さ」には事態や人の代名詞としての機能もあった。
今でも「さにあらず」なんて言い方は時々する。
「そうではない」という意味である。
そんな痕跡が残っている。

「さ」が有声化すると「ざ」になる。
{座」は漢語だが、よく使われる。
「〇〇座」という演芸場や映画館は多い。

「座」は一音節語としても存在しうる。
「座を取り持つ」なんて言い方がある。

歴史の教科書にも「座」は載っている。
中世に発達した同業者組合である。
西洋のギルドのようなものだ。

「座」は人の集まりを意味するから使い道は多い。
しかし、和語にはこれにに相当する語はない。
だから、漢語に頼らなくてはいけない。

こうしてあ行から順にみてきて今思うことは、私たちが(先祖も含めて)漢語の便利さに依存してしまい、和語を磨くのを怠ってきたのではないか、ということである。
本居宣長なら悲憤慷慨するかもしれない。

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