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2023年9月24日 (日)

一音節語をめぐって(その8)

「か」の次は「き」である。

広辞苑で「き」を引くと、見出しが50近くもある。
和語もあれば漢字の字音もある。

字音の中で最も気になるのは「気」である。
前回「漢字一字では日本語の語彙にならない」と言ったけれど、「気」は日本語のりっぱな一音節語となっている。

しかも日常会話の中で非常によく使う。
「気になる」、「気にする」、「気を使う」などのように。

さらに、「気圧」、「天気」、「空気」、「気候」、「元気」などのように「気」を含む2字の漢語もよく使う。
漢語だけでなく「気持」という和語もある。
広辞苑に意味の解説の後に、「気を許す」など「気」を含む表現や慣用句がなんと90近くも列挙されている。

広辞苑で「気」の解説を見ると、第1番目に「宇宙を構成する基本と考えられるもの」とある。
「気」はわたしたちにとって、とても大事な概念なのだ。

2番目は「生命の原動力となる勢い」である。
これも人間にとって欠かせない。

3番目は「心の動きを包括的に表す語」である。
これは1番目や2番目の意味をわたしたちの精神に当てはめた結果だろう。

4番目は「はっきりとは見えなくても、その場を包み、その場に漂うと感ぜられるもの」とある。
いわゆる「雰囲気」であり「空気」である。

「気」はわたしたちにとって、これだけ大事な意味を持ったことばなのだ。
それなのに訓がない。

当然、漢字伝来以前にも「気」に対応する概念はあったはずだ。
古日本語では「気」のことを何といっていたのだろう?

広辞苑に出ていた「気」の4つの意味は、言語を問わず世界中の人間に共通するものだと思うけれど、世界の諸言語には「気」にぴったり対応することばがない。

英語では「air」といったり「atomosphere」といったりするけれど、日本語で使う「気」とは少し違うような気がする
「気」の本場、中国語ではどうなのだろう?

気になるけれどわからないので先に進む。

あと、よく使われる和語では「木」だろうか?
日本列島は「木」の国だから、よく使われるのも納得がゆく。
「木」を含む慣用句や表現も多い。

そのあとは「黄」くらいかな?
でもこれはちょっと特殊で、「木」ほどの一般性はない。

そうそう忘れていた。
「生」を「き」とも読む訓があった。
「生糸」、「生むすめ」、「生一本」、「生真面目」などという。
ピュアという意味が込められている。

「なま」、「いきる」という訓のほうが一般的なのでつい忘れてしまうけれど、どうして「生」という漢字に「き」を宛てたのだろう?
気になる問題である。

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2023年9月18日 (月)

一音節語をめぐって(その7)

か行以降があ行と決定的に違うところは子音が結合している、ということである。
これから触れる音は全部そう。

いまの50音図は室町時代に成立したらしいが、「かさたなはまやらわ」の行の順番は子音の強弱と調音位置に従って配置されているらしい。
むかしの人にそんな音声学的知識があったのだろうか?

現代日本語で使われる母音は5種類、子音は9種類。
それに濁音や半濁音、いわゆる特殊音節を加えて100あまりの音節で日本語はできている。

世界的に見てその数はかなり少ないほうであるらしい。
その少ない音節を使い回して森羅万象を語ることができる。
思えばすごいことではないだろうか?
それができたのも、漢語を導入したためだろうと思う。

さてそれでは、さっそく一音節の「か」を辞書で見てみよう。
例によって、広辞苑で「か」の項を開く。

「下」や「化」など圧倒的に字音が多い。
漢字一字では日本語の語彙にならないので、これらは一音節語とは言えない。

今使われている一音節語としては、「蚊」という和語くらいだろうか?
辞書には「香」や「鹿」も出てくるけれど、「か」と言う一音節語としてはほとんど使われない。

古語では「彼」という遠称の指示代名詞もある。
人称代名詞としても用いる。
「たそかれ」、「かはたれ」などと言う。

古い時代の日本語には、「な」とか「あ」とか「わ」とか「た」など人称を意味する一音節語が多かった。
これは前にもお話ししたことだけれど。

さて、辞書の「か」の項の一番最初に「日」が出てくる。
日数をあらわす語、と出ている。
ただ、日数をあらわす語として使えるのは2~10と20のみである。

「1日」は日にちをあらわす場合は「ついたち」、日数をあらわす場合は「いちにち」という。
また、11以降は「11にち」といい、「か」は使えない。

ついでだから、数をあらわす語彙にも触れておこう。
漢語なら「いち」からはじまり、以降規則的に続いてゆく。

和語の場合は、「ひとつ」からはじまり、9まで語尾に「つ」が付く。
10は「とお」になるが、11以降は漢語に切り替わりそのまま続く。

年齢を数える場合は1~10は上と同じだが、11からは漢語に切り替わり語尾に「歳」が付く。
でも20だけはなぜか「はたち」という和語になる。

このような和語と漢語の使い分けは、いつごろどのような事情で成立したのだろう?
このあたりの使い分けは外国人の日本語学習者には難しいと思う。
欧米語には見られない現象だから。

漢語を導入することで日本語は豊かになったけれど複雑にもなった。

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2023年9月10日 (日)

「ん」の居場所

もちろん日本語で使用する音は50音にとどまらない。
濁音、半濁音、拗音などの特殊音節を加えると100以上になる。

ただし、明治以前は濁点や半濁点、小文字を使わなかったから、かな文字の種類としては(「ゐ」、「ゑ」などを含めて)50字である。

さて、もう一つの特殊音節つまり撥音の「ん」であるが、50音図でもいろは歌でも一番最後にお情けのように付け加えられている。

広辞苑で「ん」を引くと、「50音図およびいろは歌に出ない仮名」とある。
「ん」は母音を持たないから、50音図のマトリクスに位置付けられないのだ。
いろは歌でも「ん」は最後尾に置かれ、歌の意味には何ら参加していない。
つまり孤立している。

そもそも「ん」は日本語における音なのか?

「研究」や「看板」など現代日本語でも「ん」を含む語彙はよく使われている。
でも、「ん」の音はちゃんと聞き取れているだろうか?

たしかに文字化すれば「ん」を含んでいるし、1モーラとしても勘定できる。
でも聞き手は「けんきゅう」や「かんばん」から「研究」や「看板」いう漢語を想起して、「ん」の音の存在を推定しているだけではないのか?
あなたは「ん」の音をちゃんと聞き取れていますか?

「ん」の音はあるようでないような気がする。

ウィキペディアで「ん」を引くと、「直前に母音を伴うため、単独では音節を構成せず、直前の母音とともに音節を構成する」とある。
つまり、「ん」は1モーラであるけれど1音節ではなのだ。
たとえば「看板」は4モーラであるけれど2音節である。

「ん」の音はあるようでない。
「ん」は1モーラであるけれど0音節である。
それに「ん」は発音的に前後の語彙によって微妙に変わる。

どうも「ん」は不審なやつである。

そもそも開音節言語である日本語で、母音を欠いた音は「ん」だけである。
そういう意味では、日本語の中で異端の音である。
50音図やいろは歌の最後にぽつんと置かれても仕方がない。

「ん」や拗音は古代の日本語にはなかった。
「研究」などの漢語が日本にもたらされた時に、その漢語を発音するために日本語の中に導入されたのではないかと私は思っている。

その証拠に、「ん」を含む和語はすぐには浮かんでこない(あるのかもしれないが)。
「ん」と言えば、「研究」や「看板」など漢語ばかりがすぐに浮かんでくる。

もう一度、東大寺の南大門にある阿吽の金剛力士像を思い出してほしい。
「あ」は50音図の最初に位置している。
「ん」は50音図の最後に位置している。

「あ」は宇宙のはじまりを意味している。」
「ん」は宇宙の終わりを暗示している。
これで宇宙は完結する。

「ん」はそういう意味では不吉な音である。
黙示録的な音である。
「ん」が日本語における居場所に困っているのはそんな事情による。

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2023年9月 3日 (日)

50音図といろは

これまで50音図の右上から下に降りてきた。
これで「あ」列、つまり母音の列が終わった。

これからは「か」列以降、母音と子音を組み合わせた音に進む。
その前にこの50音図をもう一度じっくり眺めてみたい。

かなと言う音節文字の整理として実によく出来ていると思う。
母音と子音から出来ている日本語の音節をマトリクスとして整理しているので、そのシステムがよく理解できる。
「あいうえお」の列、「あかさたな…」の行の順番もでたらめでなく、音声学に根拠を持っているらしい。

この図、誰が考案したのだろう?
日本語の音、かな文字を整理してやろうという発想はどこから出てきたのだろう?
やはり文字の学習に必要だったのだろうか?
ウィキペディアなどによると、50音図はインドの悉曇学や中国の反切を参考にして11世紀以降に密教僧によって考案されたらしいが。

現代では、50音の順番は様々な分野で使われている。
国語辞書に載せられている語彙は50音順に配列されている。
本の巻末の索引も50音順に検索できるようになっている。
各種の名簿も大抵は50音順である。

欧米語では、辞書も名簿もABC順である。
ABCの順をおぼえる歌もある。

では、ABC…というアルファベットの順番は、どのようにして定まったのだろう?
日本語のかなのような音節文字ではないから、母音と子音のマトリクスとして整理するわけにもいかない。
それなりの歴史と理由があると思うのだが、読んだ記憶がない。
どなたかご教示いただけないだろうか?

さらにはアラビア文字、テーバナーガリー文字、漢字の順番はどうなっているのだろう?
素朴な疑問はどこまでもふくらんでゆく。

それはさておき、もうひとつかなの整理法として「いろは」がある。
「いろはにほへとちりぬるを…」のあれである。

日本語話者なら50音図とともに誰でも知っている。
と思うのだが、最近は学校でいろは歌など教えないだろうから、子供たちが知っているかどうかはわからない。

いろは歌を作った人もすごい。
何しろ、一字も重複せずに結構長い文章を作るのだから。
伝説では弘法大師が作ったというが、むろんこれは俗説にすぎない。

作者はやはり文字学習の便を考えて作ったのだろうか?
だとすれば、その狙いは当たっていた。
寺子屋などでは、文字の手習いの教本としていろは歌が利用されていたのだから。

古来、かなの整理法として50音図といろは歌は併存してきたけれど、近代以前はいろはのほうが優勢だったようだ。
公用文でも法律文でも、順番を示すときにはイロハが用いられた。
50音図が国語の教科書に載るようになったのは、明治以後である。

それでもイロハ順は法律では今でも使われている。
たとえば、入管法24条1項4号は以下のように書かれている。
「本邦に在留する外国人で次のイからヨに掲げる者のいずれかに該当するもの」として、イ~ヨの順に列挙されている

文字の順序なんて普段は気にも止めないけれど、便利なものだしその成立の歴史や理由を考えてみると面白い。

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