レヴィ・ストロースとヤコブソン
「野生の思考」はメルロ・ポンティに思い出にささげられている。
レヴィ・ストロースは「序」の中でその理由を書いている。
かれの思想形成にメルロ・ポンティとの交流が大きな影響を与えたようだ。
大橋さんも本書の「訳者あとがき」の中でそのことに触れている。
レヴィ・ストロースの思想形成、構造主義の着想に大きな影響を与えた人がもう一人いる。
ロシア生まれの言語学者、ロマン・ヤコブソンである。
大橋さんは「訳者あとがき」の中で、「ヤコブソンの音韻論の知識が本書理解の前提になっている」と言っている。
ヤコブソンは若いころロシアフォルマリストとして活躍したのち、24歳でプラハに移った。
ここでは言語学のプラハ学派を組織したのだけれど、ナチスのチェコ侵攻を避けてスウェーデンにのがれた。
最終的に1941年アメリカに渡った。
そして、その前年ナチスのユダヤ人迫害のためにアメリカにのがれたレヴィ・ストロースとニューヨークでめぐり合うことになる。
ふたりはたがいの知見を教えあい、共同で論文も書いている。
とりわけヤコブソンの二項対立の理論が、レヴィ・ストロースに大きな影響を与えた。
レヴィ・ストロース自身が著書の中でそのことに触れている。
こうした交流の中から、かれの構造主義の着想も生まれたのだと思う。
ところで、ヤコブソンは若いころから欧米各地を渡り歩いた人だけれど何語で論文や著作を書いたのだろう?
ヤコブソンは24歳でロシアを離れたから、母語はロシア語のはずである。
でも、言語学者だから当然さまざまな言語に通じていると思う。
いま、私の手許には「一般言語学」(ロマン・ヤコブソン 川本茂雄ほか訳 みすず書房 1973)がある。
この本の表紙にはフランス語の表題が添えられている。
しかし「訳者まえがき」によれば、この本はフランス人の学者がヤコブソンの論文をまとめて編んだ選集らしい。
そして、ヤコブソンのオリジナルテキストは英語で書かれているという。
さらに訳者の紹介によれば、ヤコブソンはこのほかフランス語でもドイツ語でも論文を書いている。
何か国語も自由自在に書き分けるのだから、言語学者とはいえ驚く。
日本語のほか中学生程度の英語しかできない私にとっては、うらやましい限りである。
先天的な語学の才があったのだろうか?
レヴィ・ストロースとヤコブソンの出会いは歴史の偶然によるものだけれど、構造主義の誕生にとっては幸福な出会いだった。
二人のたがいに対する敬意と親愛は終生続いたようだ。
ヤコブソンも「一般言語学」に収録された論文「言語学と隣接諸科学」をレヴィ・ストロースにささげている。
つねに出会いは何かのはじまりなのだ。
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