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2022年7月10日 (日)

言語とAI

前回は、これから先AIはどこまで進歩するのだろう、と考え込んでいるうちに陰謀史観めいたものにたどりついてしまった。
「神さまの陰謀」、「神さまの逆襲」なんてことばが頭をよぎる。

将棋や囲碁の世界では、今では専門棋士でもAIにかなわない。
ほんの10年くらい前まで、コンピュータが人間に勝つのはまだ何百年も先の話と思われていた。

このことを考えれば、これから先人間とAIの関係はどうなるのだろう?
気が遠くなりそうだし、恐ろしくもある。

計算や情報処理の分野ではもうかなわないけれど、今はまだ人間がAIを支配している(と思っている)。
けれど、この先AIが「意思」や「感情」を持ち始めることはないだろうか?

絶対にない、と断言できる自信は私にはない。

宇宙船に搭載されたHAL9000が意思を持ち人間に対して反乱を企てる、というシーンを憶えておられる方もいると思う。
50年前に封切られたこの映画「2001年宇宙の旅」は、人間とAIの未来を考えるうえで示唆的だ。

最近の朝日新聞に、「AIと創作の未来」という記事が出ていた。
今では、AIが何十万句という俳句を学習し、それをもとに自分(AIのこと)でも創作できる、というのだ。

「初恋の焚火の跡を通りけり」
「唇のぬくもりそめし桜かな」

という風に、1秒間に40句を生成するという。

みなさんはこの句について、どのような感想を持たれるだろう?

「AIもなかなかやるじゃない」
「それらしいけれど、なんだか血が通っていないな」

わたしたちは、AIが言語をただのデータとして処理していることを知っている。
だから、直感的に「血が通っていない」と感じてしまうのだ。

人間ももちろん言語をデータとして処理している。
しかし、人間と言語の関係はそれだけにとどまらない。

人間は言語を各個人の五感や人生経験と深く結びつけて理解している。
言語を肉体化している、と言ってもいい。

その証拠に、AIやコンピュータは言語がなくても(それに代わる情報さえあれば)存在できるけれども、人間は言語がなくては生きていけない。

AIが創作した俳句についても、そのままでは単なる情報処理結果である。
しかし、それを人間が「読む」ことによって、生命が吹き込まれることもある。

やはり人間とことばの関係は特別なのだ。
いくらAIの性能が進んでも、この点は代替できない。

と今は人間はそう思っている。
しかし、AIはどこまで発達するかわからない。
AIには「血の通った創作行為」ができない、とは断言できない。

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