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2018年7月 1日 (日)

土地の名 人の名(その13)

年のせいか、どうでもいいようなことに変にこだわる癖がつてきた。

エデンという地名にしろ、アダムという人名にしろ、だれがどういういきさつでそんな名を付けたのか?
なんて、多くの聖書読みは気にもとめないにちがいない。

うんうん、そうか、と素直にすんなりと読み進めていくにちがいない。

それにこんなことにこだわってもいいことは何一つない。
前回の最後に書いたように、カオスに落ち込んでいくのが関の山だ。

それでもことばが世界を作っているのだから、その「ことば」の実体である「名前」にはこだわらざるを得ない。

固有名詞であれ普通名詞であれ、はたまた動詞や形容詞や助詞であれ「名前」がある以上、いつかだれかが何らかのいきさつでこの世に送り出したのだ。

私はその瞬間を凝視したい。

だから今日もまた(人から見ると)つまらないこだわりが続く。

おさらいをしておこう。
神さまは天地創造の6日目に土くれ(アダマー)から人(アダーム)を創造した(1章26、27節、2章7節)。
そして、その人をアダムと命名した(5章3節)

また神さまは女も創造した(1章27節、2章22節、5章2節)。
ただ、女の名はすでに世にあったアダムがエバと付けた。

解説によればエバとはいのちの意味だそうだ。
アダムもまた土や人の意味を持つというから、この世の初期には普通名詞から移行する形で固有名詞が成立したのだろうか?

さて、時移り世界最初のこの夫婦は世界最初の赤ちゃんを産んだ(4章1節)。

カインというこの赤ちゃんの名前はだれが付けたのか創世記は触れていない。
だが、「この子の名前、どうしようかねえ」と、いまと同じくアダムとエバが知恵を絞って命名したと考えるのが自然だろう。

カインという名がどのような意味を持っているのかはわからない(もちろん固有名詞だから、意味などなくてもかまわないが)。

アベル殺害事件の後、カインは結婚して子供を作った(4章17節)。
そしてその子をエノクと名付けた(と思う)。

その次にわりに重要な記述がある。
カインは町を建設しその町を息子にちなんでエノクと名づけたというのだ(4章18節)。

つまり人類最初の町の名は人名にちなんで命名されたのだ。

このような例は近代史にもある。
レニングラードやスターリングラードなど。
もっともこれらはソ連崩壊後もとの名前に戻ったけれど。

アメリカのワシントンもそうだろう。
愛知県豊田市もそうかもしれない。

しかし、本来土地の名は人の名に優先するのが自然だと思う。
ワシントンだって、もともとその姓は一族が発祥した土地の名からとられているのだ。

日本だって、比企の庄から勃興したから比企一族を名乗る、三浦の郷から出たから三浦一族を名乗るなど、土地をベースに姓が形成されているのが普通だ。

それはさておき、創世記ではカインが町を建設し息子にちなんでエノクと名付けたあと、ノアに至るまでえんえんと系図が紹介される。
さまざまな名前が登場する。

創世記は何も書いていないが、最初の人間アダム以外はいまと同じように親たちがあれこれ悩んで名前を考えたのだろう。

エノク、イラデ、メホヤセル、メトサエル、レメク、ヤバル…。

何をヒントにこのような名を考えたのだろう?
創世記執筆者の生きていた時代にこんな名が多かったのだろか?

「卑弥呼」と同じくみな単名である。
いまのような姓と名の組み合わせじゃない。

大昔はみなそうだったのだろうか?
単名で間に合ったのどかな時代だったのだろうか?

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