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2018年6月25日 (月)

土地と名前(その8)

前回は最後のほうで少々いじけてしまった。

でも、だれも何も言わない以上、いじけるだけの値打ちはあるのではないか。
そう開き直ってみたい気もする。

それというのも、名あるいはことばが創世記が語る天地創造ではとても重要な役割を果たしているからだ。

まず、神さまが「光あれ!」ということばを発したから光が生まれ闇が生まれた。
そして神さまは光を昼と呼び闇を夜と呼んだ。

つまりそこで時間が誕生し、時間の分節が始まったのだ。
「朝となり夕となって、一日が終わった。」

創造の二日めに神さまは「大空あれ!」と言った。
すると、そうなった。
そして大空を天と呼んだ。

つまりそこで空間が生まれ、空間の分節が始まったのだ。
あとはみなさんご案内の通り。

時間が生まれ、空間が生まれ、時空間の秩序が生まれたのはすべてことばのわざによる。
創世記はそう語っているのだ。

地名もまたことばである以上、私がエデンの園やそこを源流とする4本の川の名の由来を問題にするのは少しもおかしくない。
何といってもこの世で最初の固有名詞なのだから(少なくともキリスト教世界では)。

ついでだから、この際人名についてもこだわってみたい。

神さまは創造のプロセスで植物を作り動物を作り、最後にみずからに似せて人間を作って世界の支配権を与えた。

その最初の人間の名はアダムと言った。

人は赤ちゃんが生まれるとその子に名前をつける。
どんな名前にしようか?けっこう思い悩むものである。
私にもそんな経験がある。

アダムの名付け親はもちろん創造主の神さまである。
神さまもそれなりに悩んだのだろうか?

このあたり、旧約聖書の言語であるヘブライ語とその日本語訳との関係が問題になってくる。

日本語訳の聖書では、最初は単に「人」となっていて「アダム」という固有名詞が登場するのは4章の終わりないし5章のはじめからである。

解説によれば「アダム」は「人」の意味ということだから、ヘブライ語で書かれた原創世記では神さまがアダムを創造した時からずっと同じ語で通してきたことになる。

ならば5章第3節で、神さまがアダムと命名したという記述はどのような意味を持つのだろう?

多くの日本語訳の間にも異同がある。

ある訳では、5章3節でアダムの命名が初出するのに、すでに4章25節でアダムの名が明記されている。
別の訳では、同じ個所はまだ「人」と表記されている。

こうして考えれば考えるほど、混乱は深まってくる。
まるで宇宙開闢のときの混沌のようだ。

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2018年6月17日 (日)

土地と名前(その7)

前回は最後のところで大風呂敷を広げてしまった。
戦線を広げすぎて収拾がつかなくなり、お手上げ状態に陥ってしまった。

われながらみっともない。
だから、戦線拡大前に戻ってもう一度じっくり着実に考え直してみたい。

前回はアダムが動物たちに名づけをしていくシーンが登場した。
その関連で創世記を読み直してみた。

するとまたしても素朴な疑問がわいてきた。

神さまが土くれから人を創造された時のこと。
そのあと創世記は、「そこでヤハウェ神は東のほうエデンに園を設けて」人をそこに住まわせた、と語る。

「エデンの園」という名は、日本のような非キリスト教圏でも人口に膾炙している。
宝塚には同名の介護付き老人ホームもある。

それだけ印象のいい名前、楽園の別名なのだ。

しかし、私がひっかかったのはこの部分である。

「エデン」というのは地名、あるいは場所の名前である。
名前であるからには、「智頭」と同じくいつか、だれかが付けたのだ。

しかし創世記はそんなことお構いなしに、まるで始原からその名が存在するかのように唐突に「エデン」を持ち出してくる。

エデンという地名を神さまが名付けたとは書いていない。
神さまの名づけ以前からその名があったとも書いていない。

このあたり、創世記は知らぬふりをしている。

エデンの園を源として川が流れ出し、4本の川に分流している。
4本の川にはそれぞれビション、ギホン、ヒデケル、ユーフラテスという名がついている。

これまたエデンと同じく、命名のいきさつは何も語られていない。
さも名があるのが当然のようにその名が呼ばれている。

多くの素直な人びとも当然のようにその記述を受け入れている。
なるほど人は最初エデンの園に住んでいたのか、そこからはこれこれという名の4本の川が流れ出していたのか、と。

地上におけるエデンの園をどこに比定するのか、という論議は昔からかまびすしく行われてきた。
やれアルメニア地方だろうとか、やれいまは海底になっているペルシャ湾のどこかであろうとか。

それに比べて、エデンという名や4本の川の名そのものが議論になった形跡はない。
みんなそのあたりはスルーしている。

だれが、どういういきさつでその名を付けたのか、ということにこだわるのは私だけなのだろうか?
そんなことどうでもいいじゃない、もっと大事なことがあるじゃない。

みんなそう言うのだろうか?
要するに私がへそ曲がりなだけなのだろうか?

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2018年6月10日 (日)

土地と名前(その6)

5月の晴れた日に鳥取県智頭町を訪ねたことがきっかけとなって、土地とその名の関係への疑問が再燃した。

8年前の秋にはじめて土地と名前のかかわりについて考えたのも、小海線で小諸から小淵沢まで列車の旅をしたことがきっかけだった。

私はこれまでさまざまな旅をかさねてきた。
それはそのままことばの不思議をめぐる旅でもあった。

だから似たようなテーマについて、あきもせず繰り返し考えている。
そして、素朴な疑問への答えは一向に出ない。

8年もたってまた同じことを考えている。
少しも進歩がない。

と言えるかどうか?

同じような疑問を考えているようで、よくよく観察すると実は位相が異なっているかもしれない。
次元が一つ上がっているかもしれない。
そうであればよいのだが…。

土地の名に意味はいらない。
他と区別できる符牒であればよい。

だから、「ちず」でなく「ずち」であってもかまわない。
それでも里の人たちは「ずち」でなく「ちず」を選んだ。

それはまったく偶然の出来事だったのだろうか?
そこに何らかの意味の働きはなかったのだろうか?

わたしたち人間は「意味」を求めてやまない生物だから、名の成立にはどうしても意味の関与を求めてしまうのだ。
そうして風土記は地名起源説話を語り、地名学者や郷土史家たちはいまも語源を研究している。

地名は固有名詞である。
でもこのことは固有名詞にとどまらない。

普通名詞でも名づけと意味の関係を考えざるを得ない。
固有名詞の場合無意味な音声記号でもさしつかえないけれど、普通名詞はそうはいかないからなおさらだ。

旧約聖書の創世記には、アダムの前に連れてこられた動物に彼が次々名前を付けていく、神さまがそれを見守っているというシーンが登場する。

アダムはどんな思いで名を付けたのだろうか?

「こいつはにゃーにゃー鳴くから、ねこと名づけよう」
彼はそう考えたのだろうか(アダムは日本話者じゃなかったけれど)?
だとすれば命名に意味が働いたことになる。

犬に対して「ぬい」ではなく「いぬ」と命名したのはどうか?
「ぬい」でもよかったのだけれど、たまたま「いぬ」という音声が口をついて出たからそうなった。
とすれば、この場合「意味」は働かなかったことになる。

うーむ。

考えてみればこの問題は名詞だけに限らない。
動詞でも形容詞でも、はたまた助詞でさえこの問題を抱えている。

こうして事態は際限なく広がってゆき、もはや収拾がつかなくなるのだ。

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2018年6月 3日 (日)

土地と名前(その5)

中国山地の山あいに「ちず」という小さな町がある。
5月のある晴れた日にその地を訪れたことは少し前にお話しした。

山間の小さな静かな町を歩きながら、「ちず」という地名に思いをはせてみた。

「ちず」の名は「和名類聚抄」に登場するから、遅くとも奈良時代以前からあった。
いま、「ちず」には「智頭」という漢字が当てられているけれど、その名はおそらく漢字伝来以前からあった。

つまり、はるかな昔にだれかが何らかのわけを以って、この地と「ちず」という音声記号を結びつけたのだ。

むろんその「だれか」なんて分かるはずもないから、里人の集合的無意識がその名を成立させた、と前回は逃げを打った。

地名にはいちいち「意味」など必要ない。
単なる符牒、無意味な音声記号でも十分こと足りる。

しかし、智頭の里人がこの地と「ちず」という音声記号を結びつけるにあたってまったく恣意的だったということはあり得るだろうか?
これが私の素朴な疑問である。

ある時、「ちず」という音声記号があらわれ、それがこの地を指すものとして人々に受容され共有されることではじめて「ちず」という地名は成立する。
そのプロセスの中で「意味」が何らのはたらきもしなかった、なんてことが本当にあるのだろうか?

8年前の秋にも、地名と意味の関係についてシリーズで考えてみた。
けれど、私の力量ではなにひとつわからなかった。
今また同じことを考えている。
少しも進歩がない。

いずれにせよ、地名はこうして人を引きつける。
マルセル・プルーストは「土地の名」を発見したことで「失われた時を求めて」の執筆を始めた。
そう述べる批評家もいるくらいだ。

いま私が住んでいるこのあたりは須磨と明石にはさまれている。
須磨、明石は源氏物語にも登場するから古い地名である。

だから、地名の由来を語る俗説もいっぱいある。
たとえば、須磨は摂津国の西のすみっこだから「すま」という地名が付いたーなど。

こんなのは無論こじつけにすぎない。
しかし地名の成立に何らかの「意味のはたらき」を求めるなら、こじつけであれ何であれそれらしい理屈を考えざるを得ない。

その点、いま私が住んでいるこのあたりは高度成長期に宅地開発が進んだところだから、地名の詮索は簡単だ。
たとえば、「星陵台」、「松が丘」など。

いつ、だれがつくった地名なのかすぐわかる。
開発時に業者がつくったのだ。
もちろん「意味」をちゃんとくっつけて。

こうして地名についてあれこれ考えてみるのは、益はないけれど退屈しない。

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