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2018年5月26日 (土)

土地と名前(その4)

「私がいまいるところ」は、私という存在の原点である。

だから、わたしたちはその原点を確認し把握し、あわよくば支配するために土地に名前を付ける。
前回はおおよそそんなお話だった。

その地名の由来は、命名した当人にはわかっていよう。
しかしその人ははるか古代の人なのだ。

現代に生きるわたしたちが生まれた時にはもうその地名はあった。
だから地名は分かっていても、一体どうしてそのような名前が付いたのかはわからない。
由来がわからないと、存在の基盤は盤石とはいえない。

だから、徒労とわかっていてもわたしたちは地名の詮索に向かう。
「智頭」という地名はどのようにしてできたのだろう?

地名の詮索にあたって、まず漢字の束縛から自由にならないといけない。
漢字は意味表示機能が強力だから、ついつい漢字が発する意味に引きずられて迷路に踏み込んでしまう。

地名は漢字伝来のはるか昔から存在したのだから、ここから先は「智頭」ではなく「ちず」(あるいは「ちづ」)と表記しよう。

100万年前、ちずにはまだ人はいない。
ちずどころか、日本列島があったかどうかもあやしい。
そのころ、わたしたちはまだ東アフリカの峡谷にいた。

縄文遺跡が発見されているから、1万年前くらいにはちずには人が暮らしていた。
ユーラシア大陸から渡ってきた人々は最初、日本海の沿岸に集落を作った。
そこから徐々に内陸に進出していったにちがいない。

ともあれ、縄文時代にはちずには人がいた。
でも、個体識別のための人名はまだなかった。
現代のような「個人」の概念はまだ確立していなかったから、人名などなくてもさほど困らなかった。

しかし地名がないのは大層困る。
自分たちが暮らしているここはどこだ!?

ちずの縄文人たちは、きっと大変な存在不安に駆られたことだろう。

それに応えて、ある人がつぶやいた。
そうだ、この地を「ちず」と呼ぶことにしよう!

その人は、村の長老だったろうか?
それとも、みなに知恵者として敬われていたひとだったろうか?

あるいは特定の個人ではなく、村人の集合的無意識が生み出したのかもしれない。
特定個人など確かめようもないのだから、集合的無意識のなせるわざ、としておくのが穏当だろう。

それにしても、命名の由来は依然としてわからない。
私見では、かくかくしかじかでこの地名ができた、という類の解説はすべてあとづけの知恵にすぎない。

この山間の小天地がどのような理路で「ちず」という日本語音と結びついたのか、という問いに対する答えはひょっとすると神さまの領域にしかないのかもしれない。

それはさておき、「智頭町史」というものができているのなら、その先史時代の部分を読んでみたいものだ。

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2018年5月20日 (日)

土地と名前(その3)

「私がいまいるところ」は、ある意味私という存在の原点である。
原点が定まってこそ、私は私をとりまく世界の空間構成を把握することができる。

その原点を確認することを手始めにわたしたちは自分なりの世界秩序の形成に乗り出すのだ。
自分の原点があいまいで確かめることがかなわなければ、わたしたちは途方に暮れるしかない。

だから、人は土地に名前を付ける。
名前を付けて、存在の足場を固める。

ほら、ビルの根っこの部分によく「定礎」のプレートが貼ってあるのを見かけますね。
あれと同じ、まず自分の礎を定めるのだ。

地名をつけるという大仕事をすでに過去の人がやっている場合は、今度はその由来について異常な関心を示す。

和銅6年5月、朝廷は風土記撰進の官命を発している。
その中で特に「山川原野の名号の所由を言上せよ」と述べている。

地名を把握すること、その由来を明らかにすることは、その土地をルーツとする人々にとっては自分たちの存在をたしかめることであるけれども、中央政権にとってはその土地を管理することでもあったと思う。

GWのある晴れた一日、私は鳥取県智頭町を歩いていて「智頭」の地名の由来について思いをはせていた。
古代人だけでなく、現代に生きるわたしたちだって地名に対する関心は浅くない。

このことはもちろん日本だけの現象じゃない。
10年前にもお話ししたことだけれど、「失われた時を求めて」の最初のほうに貴婦人のサロンでフランス各地の地名の由来についてえんえんと蘊蓄をかたむける物知りが登場する。

どうやら地名に対する人々の関心は古今東西変わらないようだ。
地名がわたしたちの存在の原点であることを考えれば、このことも納得できる。

ただ、地名と人名を対比した時には東西の差が出る。

世界の空港の名前には、J.F.ケネディ空港やシャルルドゴール空港のように、公共施設に人名、それも比較的最近の実在の人物の名を付けることが珍しくない。
また、空母「ジョージ・ワシントン」なんてのもある。

日本では首都近郊に第3の空港を作るとして、その空港に「安倍晋三空港」なんて名前を付けることなど考えることもできない。
軍艦だって「大和」であり「武蔵」であって、「東郷丸」なんて命名はできない。

総じて西洋では事物の名づけにあたって個人のキャラが立つことを厭わないようだ。
これに対して、日本では人の名が土地の名をさしおいて前に出ることなどありえない。

日本では地名は自分たちの存在の原点であり絶対的なものだけれども人名はしょせん相対的なものにすぎない、と観念されているせいかもしれない。

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2018年5月13日 (日)

土地と名前(その2)

ゴールデンウィークのとある一日。
その日は申し分のない五月晴れだった。

鳥取県智頭町に行った。
智頭鉄道の「恋山形」駅に降りた。

駅は「恋」のコンセプトでアピールしているらしく、駅舎が派手なピンク色に塗りたてられていた。

あまり趣味がよくない。
新緑の山林に囲まれたまわりの景観とまるで調和していない。

「恋」のコンセプトで地域振興を図りたい気持ちはわかるが、駅長さん(無人駅だけれど)、町長さんには一考をお願いしたい。

駅からてくてく20分ほど歩いて、6年前に廃校になった旧山形小学校に行った。

いまはその一部が智頭林業資料館として再利用されている。
そのほか山形地区振興協議会などいくつかの団体、会社の事務所が入っている。
「五感のチカラ研究所」や「京都大学デザイン学大学院」なんていう看板もかかっていた。

あいにくカギがかかっていて中に入れなかった。
古びた校舎の裏手に回って、雑草の生えただれもいない校庭で深呼吸をした。
森のにおいがした。

この山あいの町は「ちずちょう=智頭町」という。
名前があるからには、いつか、だれかが付けたにちがいない。

いつ、だれが、どういういきさつで付けたのだろう?
歩きながら考えた。

地名の起源など考えたところで、しょせん徒労に終わる。
起源は古代にたちこめる深い霧のかなたに隠されてしまっている。

そんなことは分かっているのだが…。

ネットで少し調べてみると、地名の由来としてみっつほど説が紹介されていた。

1.「チ(道)・ズ(頭)」(都から因幡国に入る最初の郡)の意
2.「ツツ(筒)」状の地形の土地の意
3.マオリ語の「一番高いところに位置する土地」を意味する「チヒ・ツ=TIHI-TU」の転訛

1について
「ち」という日本語音が「道」を意味するのは分かるが、「頭」を「ず」と読むのは字音である。
つまり漢字が伝来してからの読み方だ。
「ちず」の地名は漢字以前からあったのだからこの解釈はおかしい。

2について
古代の人々はなにごとにつけ素朴だったからこの説はあり得る。
北信濃の妙高山だって、古くは単に「なかやま」といった。
里人がまわりの景観を見渡したところ中央にどっしりそびえているのでそう名付けた。
漢字が入ってきて「なかやま」に「名香山」の文字を当て、さらにその音読みを好字に変換して「妙高山」になったのだ。

3について
奇想天外、荒唐無稽。

本当に地名について考え始めるときりがない。
2008年の秋にも、このブログで何回かにわたって地名について考え続けた。
10年たっても同じことをしている。
われながら進歩がない。

しかし、土地はわたしたちの存在を支える文字通りの基盤である。
「私は今どこにいるのか?」という問いに答えがなければ、わたしたちは不安で仕方がない。

だから、土地に名前を付ける。
名前を付けて認識し、あわよくばわたしたちの管理下に置こうとする。

だから土地の名前のほうが人の名前より先なのだ。
人の名前は土地の名前に由来することが多い。

地名の起源など考えたところで、しょせん徒労に終わる。
それでも、地名のルーツへの情熱は冷めない。

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2018年5月 6日 (日)

「ことば」と「ことのは」

「ことば」ということばのほかに「ことのは」という雅語が古くからある。

日常会話ではほとんど使われることがない。
しかし、雅語なので文学やアートの分野ではたまにタイトルや屋号として使われる。

たとえば、「君の名は」で有名になった新海誠監督には「言の葉の庭」というアニメがある。
神戸には、「言の葉オフィスかのん」という話し方研修の事務所もある。
「言の葉大賞」ということばをテーマにしたエッセイのコンテストもあるようだ。

「ことのは」は古今和歌集の仮名序にも登場するくらいだから、けっこう古いことばである。
では、「ことのは」のほうが原型で「ことば」はその短縮形なのだろうか?

いや、その逆ということも考えられる。
「の」を付加することで、飾り立てたのかもしれない。

いずれにせよ「ことのは」ということばを手掛かりとして、わたしたちはことばの本質に迫る旅に出ることができる。

「ことのは」は漢字では「言の葉」と表記されることが多い。
しかし、「事の端」と書くこともできるのではないか?

つまり事物の切れっ端、断片。

わたしたちを取り巻く世界を細かく分節してゆくと、無数の事物の切れっ端が生じる。
そのひとつひとつが個々の「ことば」、つまり単語と考えてはどうだろう。

ひとつながりの世界をあえて分節して、わたしたち人間が認識することが可能になるようにすることがことばの最大の作用だ。
「ことのは」ということばはそのことばの本質的な作用を端的にあらわしている。

「ことのは」という語のほかに、「このは」ということばもある。

「このは」は「木の葉」である。
だから、「ことのは」とは関係がない?

いやいや「木の葉」の「葉」もやはり「端」なのだ。

木の主役は太い幹とそこから伸びる枝である。
細かな葉がその端に無数に生えている。

だが、ひとたび風が吹くと葉っぱは切れ切れになってはかなく散ってゆく。
だから、はかないもの、とるに足らないつまらないものを「こっぱ」という。

「木っ端」であり「木っ葉」である。
「木っ端役人」などとさげすんだりする。

「ことのは」も「このは」もはかないところが共通している。
ことばは人の口から出た瞬間にあとかたもなく消えてしまう。
本当にはかない存在である。

しかし、「このは」はつまらないものと認識されることがあるけれど、「ことのは」はそうじゃない。
「ことのは」ははかないけれど、人間存在の本質的なところとつながっている。

そこが違う。

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