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2017年1月22日 (日)

色と四神思想

野原にひとり、南中するお日さまに向かって私はまっすぐ立っている。
左右に両手を水平に伸ばして…。

こんなイメージがこれまで何度か登場した。
というのは、わたしたちが住んでいるこの世界を秩序づけるための出発点になるイメージだと思うからだ。

こんな人体構造が、世界を4つに分割する。
「わたし」を原点にして前、後、右、左。

3次元的には、頭のほうが上、足のほうが下。
という垂直軸も加えなければいけない。
宗教的にはこの垂直軸のほうがむしろ重要かもしれないけれど、この先話がややこしくなるのでとりあえず前後左右の水平面に限定して話を進めよう。

野原に直立している私と方位を対応させるなら、前が南、後が北、左が東、右が西にあたる。

南には朱雀がいる。
西には白虎がいる。
北には玄武がいる。
東には青龍がいる。

4方位が、それぞれ動物に、そして色に対応している。
その色が見事に日本語の4つの基本色名になっている。

四神思想は中国からもたらされたものだ。

だとすれば、基本4色の成立もその影響だろうか?
それとも、いずれも和語だから在来の基本4色が渡来した四神思想とたまたま合致したのだろうか?

いずれにせよ、わたしたちの人体構造の特徴が空間を4分割することにつながった。
もしわたしたちの身体が3角形や5角形をしていたら、世界を3分割、5分割する発想があってもおかしくない。

そして、人体構造に由来する4という数字は、空間だけでなく時間の分割にも適用される。
つまり、季節変化を有する中緯度地方の国々の言語ではどこでも季節を春夏秋冬の4つに分割している。
1年を3つや5つの季節に分割している言語はない。

時間や空間を4つに分割するというのは、やはり人体構造に即して自然なのだと思う。

南、夏、赤。
西、秋、白。
北、冬、黒。
東、春、青。

という連想は、北半球に住むわたしたちにとって違和感がない。

そう考えれば、基本色名が4つではなく3つや5つ、6つの言語にはどこか無理があるのかもしれない。

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