« 色と象徴(その3) | トップページ | 色の名前 »

2016年12月10日 (土)

「しろうと」と「くろうと」

白や黒が、赤や青と同じように色彩といえるかどうか、前に少し考えたけれどあえて結論を出さなかった。
それはさておくとして、白や黒もやはり象徴的な使われ方をする。

早い話、犯人はクロだし犯人じゃない人はシロだ。
この場合、クロもシロも黒や白とは何の関係もない。

白と黒は対をなす語だから、「しろうと」、「くろうと」という表現がある。

「しろうと」は「白い人」の転訛だけれど、別に色白の人がアマチュアというわけではない。
「くろうと」は「黒い人」の転訛だけれど、別に色黒の人がプロというわけではない。

これもまた象徴的使用の典型である。
なぜ白がアマチュアを、黒がプロを象徴するようになったのだろう?

辞書によれば「しろうと」は、「ある物事に経験のない人」、「そのことを職業としない人」、「専門でない人」とある。
つまり「ない」が中核の意味である。

空白という語があるように、白には「ない」という意味もある。
だから、経験や専門が「ない」アマチュアを「白い人」と呼ぶようになったのだろうか?

そのうえで、経験や専門が「ある」人のことを、白の対語である黒を用いて「黒い人」と呼ぶようになったのかもしれない。

たしかにプロの域に達するようになると、手仕事の道具でも使い込んで黒ずんでくる。
だから、「くろうと」と呼ぶ感覚もわからぬではない。

しかし、この表現にも不都合な点がある。
なぜなら、形容詞「くろい」は「くらい」にも通じているからだ。

「私はその方面には暗くてよくわかりません」などという。

その方面に暗い人が、なぜ「くろうと」つまりプロなのだ?
たしかに黒は白の対語だけれど、「しろうと」の反対だからという理由だけでプロのことを「くろうと」と呼ぶのはおかしい。

もし私がことばの生成にかかわる古代人だったとしたら、その方面に暗い人つまりアマチュアこそ「くろうと」と呼びたい。
そして、その方面にくわしい人つまりプロを「あこうど」と呼ぶ。

なぜか?

広辞苑の「赤」の項には、「一説に、くろ(暗)の対で原義は明の意という」とある。
黒の反対が赤なら、アマチュアの反対のプロは「赤い人」でもいいのだ。

「赤」は「明」である。
明るいと物事がはっきりくわしく見ることができる。
物事にくわしい人つまりプロは「あこうど」なのだ。

以上は私の「しろうと考え」なのだけれど、本当のところ「しろうと」と「くろうと」のセットがどのように成立したのか、そのプロセスが知りたいものである。

どなたかご教示をいただけないだろうか?

|

« 色と象徴(その3) | トップページ | 色の名前 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 色と象徴(その3) | トップページ | 色の名前 »