« 色の名前 | トップページ | 色の名前(その3) »

2016年12月24日 (土)

色の名前(その2)

いま、この世には光があふれ色彩に満ちている。

思い起こせば天地創造のみぎり、神さまはまず「光あれ!」と第一声を発して下さった。
ありがたいことである。

光があるからわたしたちは明るい気分になれるし、さまざまな色があるから心も豊かになる。
光があっても色がなければ、この世は何とあじけないことだろう!

さいわい私は白黒テレビの時代を知っている。
色を失った世界はあんな世界なのだ。

赤から紫まで、可視光線のスペクトルは連続量である。
だから論理的に言って、色彩の種類は無限である。

たとえば青と緑は、スペクトル上で隣り合っている。
青に近い緑から、緑に近い青まで切れ目がない。

そのわりに、世界のどの言語でも固有の色彩をあらわす語は少ない。
前回もお話ししたように、日本語では白、黒、赤、青の4つだ。
他の言語でもよく知らないけれど大同小異だと思う。

あとは事物の名前を借りてその色の名前としたり、複合的説明的な語を作って表現している。

たとえば英語でも、「ピンク」というのはなでしこが原義だそうだ。
その花の色から「ピンク」という色の名ができた。
日本語の「桃色」と同じだ。

「パープル」という語も、原義は甲殻類からとれる紫の染料だそうだ。
日本語の「むらさき色」と同じだ。

無数に存在する色彩からどの色を基本色として取り出し、固有の色名を与えるのだろう?
そこには人類の感覚の秘密、その感覚を表現する言語の秘密がひそんでいるような気がする。

だから、心理学者や言語学者のみなさんにはもうひと頑張りしていただきたい。

さて、白と黒は色の名前かどうか?
ここまで意識的にあいまいにしたままやってきた。

定義的にはすでにお話ししたように、白や黒は可視光線のスペクトル上には存在しない。
つまり色彩ではない。

しかし、赤や青や緑や黄色などの背後には白と黒が無言で控えている。
色彩の明度を決定するために、なくてはならない役割を果たしている。

色じゃないからといって、仲間はずれにするわけにはいかない。
だから、世界の諸言語では白と黒に特別の地位を与えている。

そのことは次回にお話ししよう。

|

« 色の名前 | トップページ | 色の名前(その3) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 色の名前 | トップページ | 色の名前(その3) »