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2016年10月22日 (土)

青と赤

前々回に紹介した新聞記事では、なぜ「緑信号」でなく「青信号」というのかという疑問について、もう一つ説が載っていた。

いわく、赤不動、青不動というように、日本語では青は赤と対になっている。
したがって、赤が「止まれ」の合図なら、その反対の「進め」は緑でなく青になる。

というのだ。

しかし、赤の反対は青、と言ってしまっていいのだろうか?

運動会では紅白に分かれるから、赤の反対は白、と言ってもおかしくない。
イギリスのばら戦争だって、赤ばらのランカスター家と白ばらのヨーク家の戦いだった。
革命期のロシアだって赤軍と白軍が戦闘を繰り広げた。

また、「あかい」は「あかるい」につながる。
「あかるい」の反対語である「くらい」は「くろい」につながる。
そう考えると、赤の反対は黒、と言ってもおかしくない。
そういえば、スタンダールの「赤と黒」という小説もあった。

うーむ、赤の対極にある色彩語の候補が色々出てきた。

そもそも白や黒は色彩をあらわす語ではない、と言ってしまえば話は簡単だ。
方舟さんがおっしゃっているように日本語の基本色彩語は、白、黒、赤、青の4語だけだから白と黒が抜ければ自動的に赤の反対は青ということになる。
光のスペクトルでもかけ離れた位置にある。

してみると、赤の反対は青という冒頭の新聞記事が説得力を持ってくる。
やはり、緑信号でなく青信号なのか…。

しかし、そう結論を急ぐ前に超えなくてはならないハードルがある。
白や黒は本当に色彩じゃないのだろうか?

広辞苑で「いろ」を引くと、「光波のスペクトル組成の差異によって区別される感覚。色相、彩度、明度の3要素によって規定される」とある。
白や黒は色相を持っていないから、広辞苑の定義を当てはめると色彩じゃないことになる。

白は、赤や青や緑などの本物の「色」を際立たせるための「地」に過ぎないのだろうか?
そして、黒はすべての「色」を飲み込んで見えなくする闇なのだろうか?

しかし、白色や黒色は色じゃありません!というふうに断言するのはためらいを感じる。

世の中の人々はどう感じているのだろう?
そんなことはない、白も黒もれっきとした色である、と反論する人も多いような気がする。
あるいは日本語以外の言語ではどうとらえられているのだろう?

色の由来は光である。
事物は光に反応してはじめて色を発するのだ。

その光のスペクトルに白や黒は含まれていない。

白や黒は色なのか、そうじゃないのか?
光に聞いてみるべきかもしれない。

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