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2016年10月 8日 (土)

青と緑

「進め」の信号は緑色なのに、どうして青信号っていうの?
それはね、むかしは青の意味範囲にいまの緑色も含まれていて、その名残なんだよ。

この問答は結構古くから繰り返されてきた。

私も子供のころ、同じように素朴な疑問を持った。
大人に問いただした記憶はないけれど、後年、このような答えを聞かされてなるほどと思った。

山は青きふるさと 水は清きふるさと

たしかに『ふるさと』にはこんなフレーズがある。

やはらかに 柳あをめる
北上の岸辺 目に見ゆ
泣けとごとくに

啄木もそう歌っている。
「みどり」は「あお」に包含されるのだ。

しかし…。
よくよく考えてみれば、「みどり」という色彩語だって新古今の時代からちゃんとある。

春日野の 草はみどりになりにけり 若菜摘まむと たれかしめけむ(新古今和歌集 春上)

はて、信号の色は緑なのにどうして「緑信号」じゃないのだろう?
こうして疑問は振り出しに戻ってくる。

これについて、先日新聞で面白い解釈を読んだ。
この説では、「あお」という語の持つ隠喩に着目している。

つまり、日本語では青二才というように「あお」には未熟や若いという意味が含まれており、そこから「はじまり、開始」の意味が派生してくる。
したがって、横断を開始する合図の「進め」は「あお」なのだ。

なるほど。
物理的な色彩を正確に表現するよりも、「あお」の持つ象徴的な意味を優先したわけか。
交通信号は人命にもかかわるから、語の選択において物理的正確性よりも心理的反応に重きを置いた、という説明はわからぬでもない。

交通信号が日本に導入されたのはそれほど昔ではないだろうから、その気になって調べれば「緑信号」でなく「青信号」という語が選ばれ定着した経緯も分かるかもしれない。

冒頭の定説もそのまま受け入れるのではなく、もう少し踏み込んで行けばこの問題が日本語話者の価値観にまでつながっていることが分かる。

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コメント

日本語の色は白・黒・赤・青の4つで、諸言語と比べると少ないほうです。
ですが、その他の色は緑(植物)の色、黄(ネギ)の色、紫の色と言うように他の名前を借りて色の名前にする方法を取っており、それを含めると色数は言語の中でも一二を争う程となります。
緑より青が優先されるのは、色名だからではないでしょうか。緑信号だと「植物の信号」と言うイメージが生まれてしまう、という可能性もありますしね。

色を分ける時、明度と色相で四つに分け、さらに細かくする時は、事細かに僅かな違いも見分ける。それが日本語なのかもしれませんね。


余談ですが日本語の色名は植物の名前が多いようです。
英語は〇〇レッド、〇〇ブルーのように戦隊モノみたいな名付けに対して、日本語では〇〇色と呼ぶというような特徴もありますね。

投稿: 方舟 | 2016年10月14日 (金) 11時57分

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