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2016年4月16日 (土)

時間と空間(その8)

ことばの使い方の点で、春は他の季節とは異なる特別扱いを受けている。
それは、人間にとって春を待ち望む気持ちが他の季節に比べてはるかに切実だからだ。

前回はそんなお話をした。

たとえば「春一番」なんてことばもある。
人の心において四季が平等ならば、「秋一番」という語もあっていいはずだ。
夏から秋にかけてはじめて吹く涼しい風を「秋一番」と呼んでもいいはずなのに、そんなことばは聞いたことがない。

冬から春に移り変わろうとする頃、日本海を低気圧が発達しながら北上することがある。
強い南風が吹いて、気温が一気に上昇する。
この現象に日本語話者は「春一番」という名を与えた。

そんなに古くからあることばじゃない。
しかし、今やすっかり定着している。
キャンディーズにもそんな歌があったことを思い出す。

この名には春を待ち望む人々の切実な気持ちが込められている。
ようやく春がやってきたという実感と歓びが込められている。
だから広く受け入れられた。

もちろん人によって好きな季節はさまざまだ。

たとえば私はどちらかといえば春よりも秋のほうが好きだ。
乾いたさわやかな秋風に揺れる清楚なコスモスが好き。
ああ、早く秋が来ないかなあと暑い盛りに待ち望んでいる。

それでも「早秋」や「秋一番」なんて語には実感が伴わない。
やはり春は特別なのだ。

「早春」という語が定着しているので、「初春」は春ではなく正月を指すことばとして用いられるようになった。
ということも前回お話しした。

「初春」とほぼ同じ意味で「新春」という語も使われる。
正月のことばなので年賀状によく登場する。

「早」とちがって「新」は春だけでなく秋にも結び付くことができる。
「新秋」は「初秋」とほぼ同じ意味で、秋の初めのころに用いられる。
しかし、「新夏」や「新冬」という語はない。

逆に「盛」は夏にしか結びつかず、「厳」は冬にしか結びつかない。
そして「たけなわ」という和語は春と秋にしか結びつかない。

春夏秋冬それぞれに結びつく語(あるいは文字)、結びつかない語を考察することで、人々が四季に対してどんなイメージを持っているのかがよくわかる。

日本列島の風土は、人々の豊かな季節感を育ててきた。
そして人々はことばをさまざまに結びつけることで、四季を一層こまやかに分節するようになった。

四季のある他の言語圏でも同じような語の結合現象が認められるのだろうか?

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