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2016年4月 9日 (土)

時間と空間(その7)

「早春」ということばはおなじみだけれども、「早夏」、「早秋」、「早冬」ということばは聞いたことがない。

前回、そんなお話をした。

夏秋冬の場合、「早夏」、「早秋」、「早冬」のかわりに「初夏」、「初秋」、「初冬」という語を用いる。
もちろん「初春」という語もあるけれど、春の初めにはすでに「早春」という語が定着しているので「初春」には正月の意味が与えられている。

そういえば「初め」という語も、空間表現のためのことばではない。
時間あるいは順序をあらわす固有の語である。

時間あるいは順序表現の特性として、「初め」があれば「終わり」がある。
「長い」や「早い」のような形容詞ではないけれど、「初め」も「終わり」も時間表現専用の名詞である。

これまで私は、時間表現のためのことばはすべて空間表現のための語の転用である、などといい加減なことを言ってきた。
けれども、このところあちこちでほころびや反証が出てきた。
やはり言語学のしろうとはうかつに断定的なことを言ってはいけなかったのだ、と反省している。

人の意識のなかで春は他の季節と違う特別扱いがされているのかもしれない。
それがことば遣いにも反映している。

前回はそんなお話もした。

特別扱いは、「先」ということばとの結びつきにもあらわれている。
つまり「春先」という語はあっても「夏先」、「秋先」、「冬先」はない。

「春先」は二月中旬から三月初めのころをいうのだろうか?
立春が過ぎ梅がほころび始め、しかし気を許せばたちまち冬の寒さが戻ってくる頃をいうのだろうか?

いずれにせよ、このことばも春ならではの表現である。

ところで、「春先」における「先」はどのような意味をあらわしているのだろう?

広辞苑によれば「春先」は「春のはじめ。早春」とある。
つまり「春先=早春」なのだ。

しかし私の語感では、いささかニュアンスが異なる。
「早春」はたしかに春の初期だけれど、「春先」はまだ冬の領域だと感じる。

冬の領域にあって、かすかに春がきざすのだ。
「はるさき」は「はる・さきがけ」の略だと思う。

「先」は「早」と違って、これまでにもお話ししたように空間表現からの転用である。
本当はまだまだ冬なのに、気持ちだけがさきがけて前に進んでいる。

人々の春を待ち望む思いの切なるゆえをもって、このような表現が生まれたのだ。

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