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2016年2月20日 (土)

上と下(その9)

平戸皆空さんからいただいたコメントの中に、「恋におちる」という表現があった。
たしかに現代日本語でも、この言い方はよく使う。

「おちる」という動詞の原義は、上から下への移行である。
もちろんこの場合の上下は空間関係だけでなく人間関係にも適用される。

してみると、「恋」という心理的状態はそうでない状態よりも下位に位置しているのだろうか?

たしかに人々がそのような観念を持っている、ということはうかがえる。

どのような形であれ、「恋」は恋する対象への「とらわれ」である。

何事かにとらわれると、人の心は自由自在に動けなくなる。
ぎこちなくなる。
窮屈になる。

ある意味では泥沼にはまって身動きが取れない状態になる。
それが恋である。

恋はよろこびであると同時に、上のような困った事態でもある。
「恋」のこのような両義的性格に人々は気付いている。

そして、恋から醒めている状態よりも下位に位置づけた。
だからこそ、「恋におちる」という表現が人々に共有されるようになったのだ。

面白いことに英語でも「fall in love」という表現がある。
恋の両義的性格は言語圏にかかわらず人類共通なのかもしれない。

「眠りにおちる」という表現もある。
眠りも恋と同じく、快楽ではあっても自分の心をコントロールすることができない状態なので、覚醒状態よりも下位に位置づけられる。
そして、「眠りにおちる」という表現が成立する。

平戸皆空さんは、コメントの中で「おちる」は陰影の濃いことばだとおっしゃっている。
奥行きの深い人の心の動きを表現するのに好適な動詞なのかもしれない。

そういえば「落語」も人の心の滑稽さを語ってあますところがない。

「落語」は字音語で一見漢語ふうだけれども、辞書によれば江戸期に「落としばなし」と和語で呼ばれていた演芸が明治になって音読みに変わったものらしい。

では落語に欠かせない「おち」とは何だろう?
辞書には、「気の利いた洒落などですっきりとまとめる結末の部分」、「話の結末としての効果的な洒落」などとある。

ここには価値の上下感覚など存在しないように思われる。
むしろ、気分よく話をまとめ上げたら上々の首尾というべきだろう。
それなのに、なぜ「おち」なのだ?

このように「おちる」という動詞は含蓄が深い。
私のように修業の浅い人間の手におえるしろものではないのだ。

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コメント

恋に落ちる、
眠りに落ちる。

これらの「落ちる」は、抜き差しならない状態、引き込まれる感じのする状態に至ることの意で、上から下へに移動などでは到底ありません。

ご研鑽を。

投稿: | 2016年7月26日 (火) 18時09分

今晩は。
以前何かで読みましたが、ニュートンの万有引力が定説と
なるまでは、物が上から下へ落ちるのは物が地面(地中)
へ行きたがっているからだ、というのが有力な説だったそ
うです(確かアリストテレスの説)。
つまり、物は高いところで浮いているよりも地表(一番低
い所)にいるほうが安定して居心地がよい(落ち着く)と
いう本性を持っていて、常にそれを希求しているという理
屈です。これはそれなりに、結構説得力のある理屈だった
ように感じます。何といっても人間の生活基盤は地表です
から、そう説明されればほとんど反論もされず皆が納得し
たのではないでしょうか。
性本能(性欲)にもとづく恋愛行為も人間が種族として存
続していくことを希求するという意味で、人間の本質的な
落ち着き所を目指す振舞いとして認めよう(気持ちが高ぶ
ったり、頭に血が上ったりする姿を時には見せようと
も)、それが「恋に落ちる=人間として一人前のス
タートラインに立つ」という言い方が適当だと了解さ
れたんではないでしょうか。気持ちとして了解するこ
とを「腑に落ちる」とも言いますね。
どうも一般的にも、精神的なこと、心理的な事柄に関
しては、「心」が位置する基準点として地面に近い低
い所に収まることに「価値」を与える言葉が多いような
気がします。もちろん「気持ちが落ち着く」だけで
なく、「気持ちが沈む」「気持ちが落ち込む」という
ネガティブな心理的表現も多いことも事実です。つま
り「おちる」は心理用語としてはポジティブ、ネガ
ティブの両用の使い方が多くある、ということになる
のでしょうか。
‥‥この理由を探るとなると、これまた簡単ではなさそうで
す。ともかく「おちる」は陰影の濃い(陽と陰をあわせ持
つ)言葉と言えそうです。

投稿: 平戸皆空 | 2016年2月20日 (土) 21時47分

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