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2016年1月 3日 (日)

上と下(その2)

前回は左右や前後と比べて上下は価値秩序が歴然としている、というお話をした。

実は、上下が前後左右と違うところはもうひとつある。
それは上下には重力が働いている、ということだ。
わたしたちはつねに上から下にかかる巨大な力のもとで生きている。

人間はふだんそんな力のことは感知していない。
しかし、ニュートンはリンゴを使ってそのことを明らかにしてくれた。

左右や前後のような空間関係にはそんな力はかかっていない。
だから、前後左右への移動はわりに簡単にできる。

しかし、上や下への垂直移動は人間の足だけでは難しい。
階段やエレベーターや飛行機など、何らかの外部装置の助けが必要だ。

それだけに、重力に抗して「上に行きたい」という人間の渇望は激しい。

「こんなにも こんなにも 空が恋しい」
中島みゆきは「この空を飛べたら」の中で、そう歌っていた。

宮崎アニメにも、「空を飛ぶ少女」のモチーフが頻繁に出てくる。
「となりのトトロ」にも、「魔女の宅急便」にも、「千と千尋の神隠し」にも、「風の谷のナウシカ」にも、「天空の城ラピュタ」にも…。
そういえば「風立ちぬ」も少女ではないけれど飛行機の話だ。

おそらくその人気の根底に「上に行きたい」という人間の渇望があるのだと思う。

空間的にも、社会的にも「上に行きたい」という人間の渇望は激しい。
だから前後左右への水平移動に比べて、上下の垂直移動にかかわることばに関して人はことのほか敏感になる。

日本語には前後左右への水平移動をあらわす固有の動詞はない。
「前に進む」とか「後ろに退く」とか、「右に行く」とか「左に向かう」などのように複合的な表現をしなければならない。

しかるに、上下方向の垂直移動には固有の動詞が発達している。

「上がる」と「下がる」という自動詞。
「上げる」と「下げる」という他動詞。
「のぼる」と「くだる」という自動詞。
「落ちる」や「堕ちる」や「墜ちる」という自動詞など。

わたしたちはつねに上から下への強い重力にさらされているだけに、ほんの少しでも気を抜くと「落ちる」や「堕ちる」や「墜ちる」という事態に直面する。
だから垂直移動にかかわる動詞が発達しないわけにはゆかないのだ。

おもしろいことに垂直移動をあらわす動詞なのに、水平移動についても用いられることがある。
たとえば、「上京する」、「江戸に下る」など。
江戸や東京と上方の社会関係とその変化がこの表現に反映されている。

わたしたちは空間関係であれ社会関係であれ、つねに「上と下」を意識して生きていかなければならない。
重力というプレッシャーの中で生きていくのはまことにつらいことである。

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コメント

興味深い説ですね。参考になります。
ありがとうございました。

投稿: しおかぜ | 2016年1月11日 (月) 16時53分

少し前に東西南北の名前の由来を問うていた事があったかと思います。

「きた」と「みなみ」については私自身よく知らないのですが、

「ひがし」は昔「ひむがし」と呼ばれていたそうで、「し」は風を意味し「日向かう風」でひむがしなんだそうです。

「にし」の「し」はひがしの「し」と同様に風を意味しているそうですが、「に」は語源不詳です。
ですが「にし」は面白いことに、沖縄では北の事を「にし」と呼ぶそうです。
この方言は九州・四国の古い文献にも出てきます、そこで「に」は大陸の方向なのではという説があり、
大陸から吹く風で「にし」と呼ぶと言う説が出てきたわけです。
そのほかの説に「にし」は「上」と同じような意味を持ち、当時のみやこである出雲を指すと言う説があります。
北が「にし」となる地域から考えると合点のいく説ではないかと思います。(目から鱗でしたが)

投稿: | 2016年1月 9日 (土) 12時52分

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