« 縦横と空間 | トップページ | 時のあとさき »

2015年11月 8日 (日)

ごきげんナナメ

前後左右上下、そしてタテとヨコ。
これで空間を構成する役者が出そろった。

前々回、そんなふうに紹介した。
その時、タテ、ヨコに加えて実は「ななめ」という概念があることを失念していた。
私としてはうかつであった。

無視された形になったななめくんはへそを曲げているかもしれない。
ごきげんナナメになっているかもしれない。

ただでさえ、斜に構えて世の中に臨んでいるななめくんのことだ。
どうすれば機嫌を直してくれるだろう?

タテになろうとしてなりきれなかったヨコ。
ヨコになろうとしてなりきれなかったタテ。
ななめにはそんな中途半端感、不完全感、不安定感、不達成感が宿命的について回る。

すっきりとした直線であるという点ではタテ、ヨコと遜色ないのだけれど、いかんせん角度がついているところに人々は「ひねくれている」と感じるのだ。

「たてよこななめ」とまとめて言う表現があるから、ななめはタテ、ヨコと同じカテゴリーに属する。
つまり、方向や運動とはかかわりのない静的概念である。

ななめには中途半端感、不完全感、不安定感、不達成感、それに意外感がついて回るのだけれど、だからと言って不要、無用ということにはならない。

「たてよこななめから眺める」という言い方がある。
たてとよこから四角四面に観察するだけでは、思わぬ盲点を見逃すおそれがあるのだ。
人々は古くからそのことをよく知っていた。

世の中、タテとヨコだけでは成り立たない。
万全を期すためにはどうしてもナナメの視点が欠かせない。

こうしてななめ君も世の中で不可欠な存在であることがわかった。
しかし、どうしてもタテやヨコには頭が上がらない。

「ななめ」という語から、私はピサの斜塔を連想する。
タテとヨコの線で構成された中世都市の風景の中で、傾いた塔はひときわ目立っている。

「あってはならないものがそこにある。」
そんな目立ち方なのだ。

ナナメは世の中にとって不可欠な存在である。
にもかかわらずまともには扱ってもらえない。

ななめ君がひねくれるのも、斜に構えるのも無理はないと思う。

|

« 縦横と空間 | トップページ | 時のあとさき »

コメント

今日は。
仰るとおり、ナナメは空間認識で重要な役割を持ってい
ると思います。それは次のことでも確かめられます。
ネッカーキューブ(12本の線で描かれた透明な立法体図)
が、右ナナメ前方と左ナナメ前方から交互に見えること
です。見る者の一種の錯覚によってそう見えるのですが、
それは4本のナナメの線の果たす働きであることが分かり
ます。ナナメの線が、立体感という奥行きをもたらしてい
るのです。‥‥やっぱりナナメは奥行きが深いですねhappy01

投稿: | 2015年11月 9日 (月) 12時36分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 縦横と空間 | トップページ | 時のあとさき »