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2015年10月23日 (金)

ことばと時空間

「たて」と「よこ」から始まった空間認識と言語表現のシリーズだけれど、どうやら役者が出そろった感じがする。

私は広々とした草原に直立している。
まっすぐ前を向き、両手を水平に伸ばしている。

左右に伸ばした両腕が「よこ」の線をかたちづくる。
頭と足先を上下に結ぶ直線が「たて」の線である。

この直交する左右軸と上下軸は2次元平面を形成する。
これだけではまだ人間は存在できない。

さいわいもうひとつの軸がある。
まっすぐ前を向いた私の視線を延長した前後の軸があるのだ。

この前後軸は左右軸、上下軸とたがいに直交する。
こうしてめでたく3次元空間が出来上がる。

もちろんその原点に「わたし」がいる。

3軸に目盛りをふれば、「わたし」から見て宇宙空間のいかなる場所も特定できることになる。
あらゆる物体の形や大きさもこの3軸で記述することができる。

そう、空間の基本的要素は右と左、上と下、前と後ろなのだ。

だとすれば最初にお話しした「たて」と「よこ」は空間のなかでどのように位置づければよいだろう?
すくなくとも前後、左右、上下とはまったく性質の異なる概念ということになるのだが…。

空間における位置や大きさや形状とは別の、なにか秩序にかかわる概念なのだろうか?
難しくてよくわからない。
自分の頭の悪さがもどかしい。

気を取り直して先に進もう。

3軸のうち、上下と前後は時間に対しても適用される。
空間と違って時間は不可視だから、それを表現する固有の語を持たない。
空間を表現する語を流用するしかないのだ。

そこで、「ごはんのまえに」や「あらしのあとに」という表現が用いられる。
「歴史をさか上る」や「時代を下る」という表現もよく使われる。

このような表現方式から、わたしたちは目に見えない時間というものを「直線」という空間概念に変換して認識していることがよくわかる。

上流から下流に向けて川(の水)が流れるように、歴史や時間も過去から未来に向かって「流れて」いる。
わたしたちは直感的、直線的にそう認識している。

「ミラボー橋」を聴きながら、時間はなぜ「流れる」のだろうと疑問に思ったことの答えがここにあるような気がする。

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