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2015年10月16日 (金)

前と先

縦横や左右に比べて、前後は定義しやすい。
前回はそんなお話だった。

縦横や左右と同じく前後も相補的な対概念だけれど、人間の視覚という決め手があるので分かりやすいのだ。

しかし前後にも、悩ましい問題がないわけではない。
「前」だけでなく「先」というまぎらわしい概念があるからだ。

たとえば、「前のほうに人影が見える」と「先のほうに人影が見える」。

「前」と「先」は意味や用法が違うことは感覚的にわかるのだが、いざその違いをかわりやすく説明せよと言われると困る。

広辞苑では、「前」について「進んで行く先にある方」と説明している。
「先」については「進んで行く前方」と説明している。
なんとトートロジーで切り抜けようとしているのだ。

私なら「前」は物理的な方向を示し、「先」は発話者の意識が向かう方向を示している、と区別したいところだがいかがだろうか?

「前」と同じく「先」も空間だけでなく、時間に対しても用いられる。

たとえば、バスの運転手さんは「運賃は先にお支払いください」と言っている。
この場合は「先」を「前」に入れ替えるとおかしくなる。

しかし、そうとも言い切れないこともある。

たとえば、「お風呂とご飯、どっちを先にする?」
「そうだなあ、ご飯の前にお風呂に入ろうか」
何ともまぎらわしい。

「前」や「先」は時間関係にも適用されるから、「日」や「月」や「年」にもくっつく。
そして、そこで生じる意味の違いや変化が興味深い。

たとえば、「前日」と「先日」。

「前日」は基準日の一日前のことだけれど、「先日」は何日か前であっていつとは確定できない。
「前年」と「先年」も同じ関係だ。

しかるに、同じ「先」を使っても「先週」や「先月」になると発話時点から1週間前、1か月前と特定できる。
このような意味の変化や違いは慣用によるものと言ってしまえばそれまでだけれど、おもしろい現象だ。

「さき」の対概念は「あと」である。
まとめて「あとさき」と言う。

「まえ」の対概念は「うしろ」である。
ただし、「うしろ」は空間関係だけにしか使えない。
時間関係の場合は、やはり「あと」になる。
つまり「あと」に対応する語は「まえ」でもあり「さき」でもあるのだ。

「前」と「先」、つかず離れずの面妖な関係、と言うべきだろうか?

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コメント

平戸皆空さま

いつもコメントありがとうございます!
私の観察の足らないところを補っていただき、助かります。

投稿: しおかぜ | 2015年10月20日 (火) 08時45分

しおかぜさん
空間概念と時間概念の混淆は、言葉の混乱ではなく言葉の援用(応用)の有様なんでしょうね。そういうことをしても不都合ではないから、と言うかそれが好都合であるからこの援用(応用)を、意識的(あるいは無意識的)にやっているのではないでしょうか。空間概念の前・後(まえ・うしろ)と、時間概念の先・後(さき・あと)とは使い勝手で混淆されているのが事実のようです。それで人の会話(意志・意味の伝達)が不都合なく成り立つということでしょうね。
しかしこれを仔細に見ると、時間的な物事を空間的に喩えることはするが、空間的な物事を時間的に喩えることはしない、という風になっているようです。空間概念も時間概念もどちらも抽象的概念ですが、空間概念の方がより広い(応用範囲の広い)概念であると言えそうです。空間は前・後だけでなく左・右や上・下という、立体的、三次元的概念ですが、時間は先・後のみの、直線的、一次元的概念だからです。より多元的な方が言語表現上はより多くカバーできるからとでも言えばいいのかも知れません(人間にとって、空間概念の方が時間概念より根本的な概念とまでは言えないでしょうが)。
そして、これをさらに推し進めてみますと、時間概念の先・後(さき・あと)は空間概念の前・後(まえ・うしろ)から派生したもの(援用したもの)ではないかという気がします。ただし、数万年(数十万年?)もの昔に始まったとされる人間の言葉の発生~変遷の事実は確かめられる訳ではありませんし、証拠と言えるような遺跡や痕跡が発見されることもありません。せいぜい、幼児の発達心理学において、空間概念の方が時間概念より先に備わることが観察できると言えそうだというくらいでしょうか。しかし、私はこの分野の専門家でもありませんから、これらは“当てずっぽう”の話でしかありません。

投稿: 平戸皆空 | 2015年10月17日 (土) 10時30分

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