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2015年6月27日 (土)

「ゆ」と「い」(その2)

「ゆく」と「いく」では、「いく」のほうが口語的。
「いう」と「ゆう」では、「ゆう」のほうが口語的。
わたしたちは、「い」と「ゆ」の間で揺れている。

前回はそんなお話をした。
行司としては、どちらにも軍配をあげにくい。

前回言い忘れたことをここで補足しておきたい。
「ゆく」と「いく」はたしかに互換性が高いけれども、互換性が利かない場合もあるということだ。

たとえば、促音便の形は「いく」にしかない。
「いってきます」とは言えても「ゆってきます」とは言えない。

文語連用形の場合、「いきて」と「ゆきて」の互換は可能だが、口語促音便ではそれができないのだ。

ともあれ、や行音は半母音とも呼ばれるくらいだから母音である「い」とは親和性が高い。
よく入れ替わる。

たとえば、「よい」という語は「いい」とも言う。
どちらもほぼ同じ意味だと言っていい(よい?)。

辞書には、「よいのくだけた言い方。原則として終止、連体形のみ用いる」とある。
だから、「よくない」とは言えても「いくない」とは言えない。
(最近は「いくない」と言う人もいるようだが)

「いい」のほうが新参者だけあって制限が多そうだけれども、TPOによっては「よい」が使いにくい場面もある。
たとえば、「いい湯だな」といえばくつろいだ気分がよく伝わるけれども、「よい湯だな」では感じが出ない。
泉質の検査に来た検査官のせりふみたいになる。

歴史的には「よい」が正統だとしても、語用論の立場からみると必ずしも「よい」が優位というわけでもないようだ。
この場合も一方に軍配をあげにくい。

ところで、関西では「よい」でもなく「いい」でもなく、「ええ」がよく使われる。

草津温泉では「いい湯だな」というところ、白浜温泉では「ええ湯やなあ」といったりする。
東京で「いい加減にしろ!」と怒鳴るところ、大阪では「ええ加減にせえ!」と大声をあげる。

さて、や行音とあ行音の交替現象を昔懐かしい発話エネルギー節約術(2006年2月ごろの記事を参照してくださいね)の視点から考察してみたい。

「いう」と「ゆう」では、「ゆう」のほうが、発話筋肉の運動量が少なくてすむ。
「よい」と「いい」や「ええ」では、「いい」や「ええ」のほうが、発話筋肉の運動量が少なくてすむ。

だから、「いう」よりも「ゆう」のほうが、また「よい」よりも「いい」や「ええ」のほうが優勢になるのはごく自然の成り行きだ。

しかし、「ゆく」と「いく」の場合はどうだろうか?
この場合は、「いく」よりも「ゆく」のほうが発話筋肉の運動量が少なくてすむ。

しかるに、「いく」のほうが口語領域で優勢になりつつある。
この事実をどう説明すればよいだろうか?

発話エネルギー節約術の理論では解き明かせない謎である。

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