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2015年4月18日 (土)

「かね」と「きん」(その2)

工場では、「ば」が「じょう」に対してへりくだっている。

前々回はそんなお話をした。
その舌の根も乾かぬうちに反対のお話をするようで恐縮だけれども、所変われば「ば」だって大きな顔をしている。

試みに証券取引所を訪ねてみよう。
午前中なら「前場=ぜんば」の「取引=とりひき」が行われているし、午後は「後場=ごば」の「立会=たちあい」が繰り広げられている。

「ぜんじょう」や「ごじょう」にはならない。
「前=ぜん」や「後=ご」の字音に引きずられることなく、「ば」の訓を守り通している。

「取引」や「立会」などの証券用語も漢語ではなく和語ががんばっている。

取引所では、現物だけでなく「先物=さきもの」も扱っている。
先物取引はリスクが高いので失敗すると「赤字=あかじ」が出る。
リスクに備えて「引当=ひきあて」を積んでおかなくてはならない。

このように、証券取引所では和語や訓読みが飛び交っている。
そもそも「株」という字には「しゅ」という字音があるらしいが、こんな字音は聞いたことがない。

証券関係者だけでなく、わたしたちも「株=かぶ」の「値段=ねだん」には一喜一憂する。
「相場=そうば」の動きが気になって仕方がない。
わたしたちの損得に直結しているからだ。

「金=かね」が飛び交う世界では、和語や訓読みが幅をきかせている。
「為替=かわせ」、「振込=ふりこみ」、「「手形=てがた」…。

「相対性理論」は「そうたい」だけれども、「相対取引」となると「あいたい」である。

「金=かね」はわたしたちにとってもっとも身近でありもっとも大切なもののひとつである。
だから、「金=かね」やそれにまつわることばはわたしたちの身体感覚、皮膚感覚になじんだものでなければならない。

そのために自然に和語や訓読みが取り入れられたのではないだろうか?

「金=きん」という字音は単に「おかね」だけでなく、「金属」をも連想させる。
わたしたちにはやや縁遠い科学の世界にも連なっているのだ。

「金=かね」にはわたしたちの皮膚感覚に密着したなまなましいインパクトがある。
他方、「金=きん」に対しては、わたしたちはやや距離を置いた冷静な対応が可能だ。

「金」を「かね」と読むか「きん」と読むか。
「金」をめぐって人間世界では今日も悲喜劇が繰り返されている。

つけたし。
調べてみると、「かね」と「きん」というタイトルのエッセイは2010年5月にもあった。
5年前のことである。なつかしい。

しかし読み返してみると、その切り口は今回のものとはちがっている。
つまりらせん構造のように、タイトルは同じでも位相が異なるのだ。

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