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2015年3月 8日 (日)

漢字の未来

日本で暮らす漢字は、アイデンティティの危機に瀕している。

前回はそんなお話だった。
しかし漢字は何も言わないから、このことについてどう考えているのかわからない。

それだけでなく、漢字のこれからのことも心配である。

かつては「漢字文化圏」なるものがあった。
西洋におけるラテン語と同じく、漢文は東アジアのリンガ・フランカだった。

しかしその文化圏からベトナムが離脱し、韓国もほぼ離脱してしまった。
かつてのリンガ・フランカは見る影もない。

ベトナムは漢字からローマ字に乗り換えたけれど、その逆はかつて一度もない。
これから新たに漢字を文字として採用しようという言語が現れる見通しもまったくない。

そう思うとさびしい。

今のところ中国は人口が多いから何とか格好がついているけれど、もし中国が漢字を廃止したらどうなるか?
(そういえばずいぶん昔、そんな問題意識のエントリーをあげたことがありましたね)

漢字を用いるのは日本と台湾のみ。
絶滅危惧種的なローカル文字に転げ落ちてしまう。

前回もお話しした通り、漢字のアイデンティティは形音義のトライアングルである。

日本ではその「音」と「義」がいい加減に扱われている。
そのために漢字のアイデンティティが損なわれることになった。

しかし生まれ故郷の中国でも、今では簡体字が一般化している。
つまりここでは「形」の部分が変わってしまったのだ。

日本で暮らす漢字は、気の毒なことに生まれ故郷にはもはや居場所がない。

地球規模でみるならば、いまやローマ字が文字の世界を席巻している。
今日の社会基盤となっているIT技術もローマ字の上に構築されている。

いま私が使っている漢字処理ソフトもローマ字がなければ動かない。
「漢字」も「KANJI」と入力することで、はじめて画面上に実現される。

いまや漢字はローマ字システムに依存して生きているのだ。

あれやこれや考えると、漢字の未来は明るいとは言えない。
これから千年、二千年のちまで漢字は生き残っているだろうか?
いささか心細い。

しかし一方で、四千年の風雪に耐えて今日でも現役を張っているという事実は軽くない。
漢字にはわたしたちの想像を超えた生命力が宿っているのかもしれない。

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