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2014年8月30日 (土)

「な」をめぐる妄想

「な」という日本語の一音節の周辺には、人間と言語の本質を解き明かす秘密が隠されている…。
「な」という一音節の周辺では、人間と言語の本質につながる「なにか」がうごめいている…。

そんな直感をたよりに前回は「な」の周辺をさまよってみたのだけれど、残念ながら手がかりは何もつかめなかった。

それも当然かもしれない。
なにしろ相手は、「な」というたったひとつの音節なのだ。
これ以上分析のしようがない。

物理学のアナロジーを用いるなら、「な」という単音節は音声言語の原子みたいなものなのだ。
原子はさらに素粒子にまで分割できるけれど、物質の特性を保持する最小単位は原子どまりである。

西洋の言語学なら、「な」をさらにNという子音とAという母音に分析するかもしれないが、せいぜいそこまでで万事休す。
どんなにえらい言語学者でもここから先には進めない。

どうしても、というのなら「な」という日本語の音節がどのようにして生まれ、それが「名前」や「文字」や「食べ物」や「私・汝」という意味とどのように結合したのか、というプロセスを解き明かさなければならない。

でも、そんな研究どうやってやる?

そもそもことばに先立って「意味」が存在したかどうかさえ分からない。
かりに存在したとするなら、それはどんな形態で存在していたのか?
わたしたちには想像を絶する。

ひょっとするとことばと意味は神さまの胎内から手をたずさえて誕生した双生児かもしれない。
「シニフィアン」と「シニフェ」はこの双子に授けられた「な」だと思えば納得がいく。

「な」という鼻音は柔和なひびきを持っている。
だから、女の子の名前には「な」が含まれていることが多い。

「なおこ」、「ななみ」、「なつみ」、「はるな」、「れいな」…。

日本語ではこのやわらかな音節が「いのち」に結びつき、「わたし」や「あなた」に結びつき、そしてことばそのものに結びついた。

人間にとってもっとも大切なものは、やわらかな感触を持っている…。
太古の日本語話者はそう感じたのだろうか?

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