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2014年7月 4日 (金)

 「しま」と「とう」

海があれば島がある。
次々に移り変わる島の眺めも船旅の愉しみのひとつである。

日本は島国だから、島のながめには事欠かない。
わが家のベランダからも、明石海峡を隔てて淡路島が寝そべった牛のような姿を見せている。
やや西に目をやると遠くに小豆島がかすんでいる。

ところで例によって島の名前の呼びかただが…。

多くの人は淡路島は「あわじしま」、小豆島は「しょうどしま」と呼んでいる。
「あわじとう」、「しょうどとう」と呼ぶへそ曲がりは少ないと思う。

しかし、外国の島を呼ぶ時はどうだろう。

たとえばイースター島、オアフ島、クレタ島。

今度は「イースターとう」、「オアフとう」、「クレタとう」と呼ぶのがふつうである。
「オアフじま」、「クレタじま」と読んだりすればへそ曲がりと思われる。

「島」を「しま」と和語で呼ぼうと「とう」と字音で読もうと各人の自由だ。
これこれこういう場合は訓で読むべしという法律があるわけではないから、「あわじとう」と呼んだところで逮捕される心配はない。

しかしなぜか日本の島々は「しま」、外国の島は「とう」と呼ぶことに落ち着いている。
それが慣用、ということで片づけることもできるが、そんな態度では先に進めない。
慣用が慣用として社会に受け入れられるにはそれなりの理由があるはずだ。

イースター、オアフ、クレタという外国語音が和語の「しま」となじまないのだろうか?

そういえば日本でも北海道の「利尻島」や「礼文島」そして「国後島」などは「とう」と呼ぶようだ。
「利尻」や「礼文」や「国後」がアイヌ語起源だからかもしれない。

沖縄でも「与論島」のように前の部分が字音つまり中国語音なら「とう」となる場合がある。
ただし「佐渡島」や「鬼界島」のように前の部分が字音でも「島」との間に「が」が入ると「しま」になるようだ。
「が」によって、字音の影響が「島」に及ばなくなると考えることもできる。

以上は私のほんの思いつきだから、もっと説得力のある説明をお持ちの方はぜひご教示いただきたいと思う。

ところで、山を難しいことばで「山岳」と言い川を難しいことばで「河川」と言うように、島もまた「島嶼」という難しい漢字熟語を持っている。
「嶼」という漢字は小さな島という意味を持っているそうだから、熟語の作りとしては「河川」と同じである。

難しすぎてあまり使われないことばだが、ナウルやキリバスなどのように太平洋の小さな島々で成り立っている国を島嶼国家と呼んだりする。
東京都も、伊豆七島や小笠原諸島などを管内の島嶼地域と呼んでいる。

浜辺に椰子の実が流れ着いているのを見つけたりすると、名も知らぬ遠い島嶼地域を思い浮かべる。

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