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2014年4月25日 (金)

森と林

明治44年に編纂された「尋常小学唱歌」に「汽車」という歌がある。

みなさんならその軽快なメロディをきっと憶えておられることと思う。
その1番の後段はこうである。
「思う間もなくトンネルの 闇を通って広野原…」

前々回、眺めてきた野原がこんなふうに歌われている。

そして、2番の後段はこうである。
「森や林や田や畑 後へ後へと飛んで行く…」

汽車という新文明のスピード感を次々に移り変わる風景に託して驚きと喜びをもって歌っている。

わたしたちはこれまで汽車でなくのんびりと川を下ってきたのだけれど、そこで眺めた風景はこの歌とあまり変わらない。

ただし、森と林については見逃していた。
あまりにも当たり前の風景だったからだろうか?

そこで今回は、「木」に焦点を当ててみたい。

日本列島は緑に恵まれた土地である。
山はもちろん樹木に覆われているし、平地だっていたるところに木々が生い茂っている。
そして「木」は単に景観をいろどる要素というだけでなく、わたしたちの暮らしに不可欠な資源でもある。

ところで、「木」や「林」や「森」という文字。
この三つの文字を示すだけで、非漢字圏の人々にも漢字が象形文字であることはたちどころに理解してもらえるだろう。

「木」が多数生い茂っている場所が「林」。
その密集の度合いがさらに高いところが「森」。
文字の作りからするとそうなる。

しかし、樹木密度のどこまでが「林」でどこからが「森」なのか?
という判別基準は定かでない。

「川と河」、「池と沼」、「野と原」の区別がはっきりしないのと同じである。

どうも日本語話者はこのような基準にあまりこだわらないようだ。
そして境界がはっきりしないまま、まとめて「山岳」といったり「河川」といったり「湖沼」といったりする。

そういえば「森林」というまとめ方もある。
境界は曖昧模糊としたまま何となく通用している。

「林」も「森」もわたしたちにはいたって身近だから日本人の姓にもよく使われている。
「森本さん」や「小林さん」なんていっぱいいる。

前々回「原さん」という一字姓が話題になったけれども、「森さん」や「林さん」はもっとありふれている。
前回の「田」とともに日本人と「木」のかかわりの深さを感じさせる事実である。

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