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2014年4月18日 (金)

田と畑

夏草や 兵どもが 夢のあと

芭蕉が訪れたみちのくの古戦場は「野」ではなく、草ぼうぼうの「原」がふさわしい。
そういえば、「関ヶ原」という古戦場もあった。

一方、「野」のほうは田んぼや畑として日常的に人手が加わっているからそんな感興はわきにくい。
その代わり農業生産の場としてわたしたちに大いに役立っている。

日本列島は米作地帯だから、北から南までどこもかしこも田んぼだらけである。
水田は日本の田園景観のベースといっていい。

さて、この「田」は大陸から渡ってきた漢字である。
ごく素直な象形文字だから、文字を知らなかった日本人にとっても理解はたやすかったにちがいない。

それにこの文字には農民の願望が潜んでいる。
「田」は水田の理想形を描いているのだ。

「田」の文字のようにすっきり区画された水田なら、どんなに生産効率が上がることだろう…。
弥生時代からまだそれほど遠くないこの時代、曲がりくねった不整形な田んぼが多くお百姓さんたちは苦労が絶えなかったのである。

ところで、「田」とちがって「畑」は国字である。
だから音がない。
火を放って土壌の栄養を高めた焼畑農業の記憶がこの文字の成立につながったのだろう。

しかし「畑」が国字だとすると、中国では水田以外の穀物生産の場をどんな漢字であらわしたのだろう?
そしてその漢字はどうして日本で用いられなかったのだろう?
そんな軽い疑問がわいてくる。

「田」と「畑」をまとめて「田畑」という。
「野」と「原」をまとめて「野原」というのと同じである。

野と原の区別ははっきりつきかねるけれども、田と畑の区別ははっきりしている。
田では米を作り、畑では米以外の作物を作る。
「山岳」にしろ「河川」にしろ「湖沼」にしろ、これまで区別の問題でさんざん悩まされてきた私としては田畑の区別のすっきり感はことのほか嬉しい。

ともあれ、弥生時代このかたわたしたちは田んぼと切っても切れない関係にある。
だから、「田」を含む姓は数えきれないほど沢山ある。

「田中さん」や「田村さん」がいる。
それがひっくり返って「中田さん」や「村田さん」もざらにいる。
とにかくいちいち例をあげるのも馬鹿らしくなるくらい多い。

統計を調べたわけではないので恐縮だけれど、「田」を含む日本人の姓は人口比で数十%にのぼるような気がする。
姓は日本列島の風土を映す鏡なのだ。

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