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2013年12月15日 (日)

信と愛

いま「愛」という漢字は日本語の中で大活躍している。

「愛はとこしえに」のように単独で用いられるのはもちろん、「愛情」や「敬愛」のように他の漢字と結合して熟語を形成することも数知れない。

その中に「信愛」という熟語がある。
「信愛女学院」なんて学校もある。

「信」や「愛」はいい意味を持った文字だから、人の名前にも好んで用いられる。

「愛」なら「福原愛」ちゃんや「上村愛子」さんがすぐ思い浮かぶけれど、私のまわりにもそれほど有名でない愛ちゃんなら何人もいる。

「信」なら「宮本信子」さんが「あまちゃん」に出ていたのを思い出す。
男でも「信二」さんや「信彦」くんなどさほど珍しくない。
「愛」とちがってやや古風な印象があるせいか最近ではあまり用いられない傾向にあるが…。

ところで、この場合の読みである。

「愛」は人名の場合でもふつう「あい」としか読めない。
しかし、「信」は基本的にふた通りの読みがある。

「信二」さんの場合は「しん」と読む。
しかし、「宮本信子」さんや「織田信成」くんの場合は「のぶ」と読む。

さて、この場合の「のぶ」という字音でない読みを果たして訓と言ってよいのだろうか?

「のぶ」という読みを「信」の意味で用いるという例は、人名以外ほとんどない。
少なくとも「恋」が「れん」という音と「こい」という訓を持つ、というのと同じ意味で訓であるとは言えないのではないか?

つまり訓とは異なる人名専用の読みである。
今すぐには思い出せないが、同じように人名専用の読みを持つ漢字がほかにもいくつかあるように思う。

織田信長の時代から「信」は「のぶ」と読まれていたのだから、人名専用の読みというのは昔からあった。
問題はなぜ、どのようにしてそんな読みが成立したか、という点である。

日本における漢字受容の一側面として研究してみるのもおもしろいと思う。

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