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2013年11月 9日 (土)

「き」と「け」

前回、英語の「spirit」は日本語の「気」にほぼ対応しているというお話をした。

しかし、そのカバーする意味範囲は「気」のほうがはるかに広い。

「気」の存在を感知し、「気」という漢字を発明した古代中国の人々はえらかった。
その文字、その概念を受け入れ、日本語の世界に縦横無尽に展開した日本列島の人々もえらかった。

ところで、中国大陸から日本列島に渡ってきた漢字は音読みと訓読みを持つのがふつうだ。

「山」は「さん」という音と「やま」という訓を持つ。
「海」は「かい」という音と「うみ」という訓を持つ。

この点、「気」はどうなのだろう?

「気」は「き」とも読むし「け」とも読む。

「あのタレントも人気が落ちてきたねえ」というときの「気」は「き」と読む。
「あたりにはまったく人気がなかった」というときの「気」は「け」と読む。

「き」が音読みつまり字音であることは確かだが、「け」はどうか?

辞書には、「け」について「気の呉音ケに由来するか、一説には訓とも」と微妙な解説が出ている。

「人気」や「寒気」は「にんき」や「かんき」と読む。
また、「人気」や「寒気」は「ひとけ」や「さむけ」とも読む。

「気」を「け」と読むのは前に結合している漢字が訓読みである場合が多い。
また「気だるい」、「おそろし気」なんて言いかたもある。

訓読みや和語との親和性が高いという事実から、「け」もまた訓読みであると推定していいかどうか?
「気配」などのように字音と結合している場合もあるので、一概には断定できない。
悩ましい。

一方で、「け」もまた呉音すなわち音読みであるとすればどうなるか?

そうだとすれば、漢字伝来以前には日本列島には「気」に相当する概念がなかったことになる。
「気」をあらわすやまとことばがなかったことになる。

「気」はこれまでるるお話ししてきたように、宇宙と人間の存在を支える根源的な存在だ。
それをあらわすことばがなかったなんて!

いくら古代の日本列島人がうかつだったとしても、そんなことってあり得るだろうか?

「け」は音読みか訓読みか?
ささいなことのようだけれども、実はとっても重要な問題なのだ。

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