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2013年9月27日 (金)

「ファザー」と「マザー」

日本語の「ちち」と「はは」、「おとうさん」と「おかあさん」は、右と左のように、北と南のように対概念としてきれいに対応している。

「男の親」、「女の親」というふうにきれいに対応している。

しかし、英語の「ファザー」と「マザー」はその点ちょっとちがうような気がする。

「ファザー」という語には神さまの存在が色濃く反映している。

「ファザー」はキリスト教の神さまを意味するし、カトリックの神父さまも意味する。
そもそも「神父」という漢訳語は「ファザー」に由来しているのだ。

一方、「マザー」という語には神さまは不在である。
「シスター」の元締めの女子修道院長のことを「マザー」ということはある。
が、その程度である。

そのかわり、「生まれ出で、はぐくまれ、いつかまた帰るところ」という観念が強い。
国も船もことばもみな母である。
コンピュータの半導体基板もなぜかマザーボードという。

たとえば日本語の「母校」や「母港」という漢語。
なぜ「父校」や「父港」ではまずいのか?

そう詰め寄られると、説得力のある答えは見つからない。
英語の「マザー」の観念に影響されてそうなった、と答えるしかない。

あっちが神ならこっちは母性で勝負だ!と母は思っているのだ。

このように英語の「ファザー」と「マザー」は日本語とちがって非対称である。

ところで「おとうさん」と「おかあさん」、「ファザー」と「マザー」は協力して新しい命を生み出す存在である。
だから、新しいものごとの創造にかかわる表現にも派生的に用いられる。

いわく「必要は発明の母」。
いわく「近代化学の父」などなど。

この場合、父母の使い分けがいまひとつよくわからないが、日本語でも英語でもこのような言い方はある。

考えてみると、人間にとって父母はもっとも大切な存在だ。
だから日本語でも英語でも父母をあらわす語は、広くて深い意味を持っている。

他の言語でも父母をあらわすことばの持つ意味範囲やその対応関係、語用状況を調べてみると、おもしろい事実が発見できるかもしれない。

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