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2013年8月24日 (土)

「ちち」と「ぢぢ」(その2)

「ちち」と「ぢぢ」は音韻的にはよく対応している。
しかし、語用的にはまったく対応していない。

「ぢぢ」に代わって「祖父」という漢語が登場してくる。
なぜだろうか、というのが前回の素朴な疑問だった。

やはりひと世代あくことによって親族関係がその分疎遠になりそこに漢語が入り込む隙ができた、ということだろうか?

ところで、「ぢぢ」のバリエーションとして「じじい」という言いかたがある。
おなじく「ばば」に対しても「ばばあ」という言いかたがある。

いずれも蔑称と言っていい。
面と向かって「じじい」、「ばばあ」と言われると誰だって腹が立つ。

しかし、親に対してはこんな蔑称が存在しない。
親に対してどんなに悪態をついても「じじい」、「ばばあ」に相当する蔑称がないのは不便である。
どうしてもと言うのなら、親子の縁を切るつもりで「あんた」や「おまえ」など親族呼称以外の語を使うしかない。

つまり、それだけ親子の関係は緊密なのだ。
それに比べると祖父と孫の関係は疎遠である。
だから、そこに蔑称が成立する余地ができる。

ところで、「ぢぢ」のバリエーションとして「じいじ」という言いかたもある。
同じく「ばば」に対しても「ばあば」という言いかたもある。

こっちの方は、蔑称ではまるでない。
孫に「じいじ」、「ばあば」と呼ばれてみんな目を細めている。

「じじい」と「じいじ」。
ほんの少し音韻変化が起きるだけで魔法のように蔑称が親称に生まれ変わる。
これだからことばの世界はおもしろい。

「じいじ」、「ばあば」はたぶん比較的新しく成立した言いかたである。
少なくとも私の子どもの頃は聞かなかったような気がする。

発声器官が未発達な幼児にとっては言いやすいことばだ。
かわいい孫が言いやすいことばなら受け入れてあげよう。

祖父母たちのやさしい寛容な気持ちが「じいじ」、「ばあば」の普及定着につながった。

親子は緊密だけれど、その分緊張した関係にある。
祖父母と孫は疎遠だけれど、その分気楽な関係にある。

親族呼称のありようもこうした関係を反映している。

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