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2013年7月26日 (金)

三位一体と言語(その2)

前回は、「三位一体」について少しばかり訳語を工夫してみたけれど、はかばかしい理解には至らなかった。

結局「三位一体」を正しく理解しようとすれば、この概念を生み出したオリジナルの言語に迫るほかないという結論になった。

「三位一体」論がキリスト教の基本的な教義として正式に採択されたのは、4世紀小アジア地方で開催されたニカイア公会議においてであるという。

そのときは、アジアやヨーロッパ各地から多くの聖職者たちが参集して、ああでもないこうでもないと熱い議論を戦わせたことだろう。

問題はその時に用いられた言語のことだが…。

今のようにマスコミや通信が発達した時代ではなかったから、会議の参加者たちの母語はまちまちだったにちがいない。
しかし、それぞれが母語で話していてはらちが明かないから会議における共通語が定められていたはずである。

それは何だろう?

当時ローマ帝国の公用語だったラテン語だろうか?
それとも新約聖書の言語、当時の圧倒的な教養語だったギリシャ語だろうか?
はたまた旧約聖書の言語、キリスト教のふるさとのヘブライ語だろうか?

たぶんこの中のどれかにちがいない。

ともあれ、田舎から出てきてこの会議に参加した坊さんの苦労がしのばれる。

なにぶん坊さんのことだから、必死に勉強して日々の説教くらいはラテン語やギリシャ語でできるようにはなったものの、何といってもかれにとっては第二言語だから、これを駆使して議論に加わるというのは並大抵のことではなかったと思う。

三位一体論は実に微妙なある意味アクロバティックな論理で構成されている。
ニカイア公会議における共通語は、この当時そんな論理を生み出すほどに成熟し洗練されていた。

そんなこむずかしい論理をこねまわすのだから、田舎の坊さんには荷が重い。
結局、共通語を自由に操る都会の主教たちが会議の主導権を握ったのだろう。

というわけで「父」、「子」、「聖霊」という訳語のもとになった原語をかりに「A」、「B」、「C」としよう。

「A」、「B」、「C」がその言語の中で、どのような来歴を持ちどのように使われてきたか?
どのような意味やニュアンスを持ち、どのような文脈で用いられてきたか?

三位一体論を徹底的に理解しようとするなら、これらのことを心得ておかなければならない。

つまり、ニカイア公会議における公用語をまるで母語のように駆使できるまでに勉強精進しなければならない、ということである。

わたしたち日本語話者にとっては、考えるだけで気が遠くなる。

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