« 固有名詞と意味(その2) | トップページ | 固有名詞と意味(その4) »

2013年6月28日 (金)

固有名詞と意味(その3)

わが家からほど近い「須磨」、そしてあこがれの「尾瀬」。

このところ地名のお話が続いたので、今度は同じ固有名詞でも人名に目を転じてみたい。

それも女の子の名前に焦点を当ててみたい。

私と同世代、つまり昔の女の子は、美恵子、雅子、登喜子、淑子など「子」がつく名前が圧倒的だった。
それにたいていが漢字表記だったから、いやでも意味が露出した。

しかし、今は様子が変わった。
だいたい「子」などつかないし、漢字を離れてひらがな、カタカナ表記も多くなった。

さくら、みのり、みなみ、まゆ、ありさ、りの、ユイカ、リカなどなど…。

「さくら」や「みのり」は漢字を離れてもりっぱな和語があるから意味との結びつきははっきりしている。

しかし、「みなみ」、「まゆ」になると少しあやしくなってくる。
たしかに「南」、「眉」という意味は存在するにせよ、その意味は当人とあまり結びついていない。

「みなみ」、「まゆ」という鼻音、半母音で構成された音連続が醸し出す柔和な印象がこの名のねらいなのだ。

さらに「ありさ」、「ユイカ」、「リカ」になると完全に意味から離れてしまう。
もっぱらその音感から導かれる理知的な印象に命名のねらいがある。

「須磨」のときには「すま」という意味を欠いた音連続が連想を喚起するというお話をした。

しかし、「ありさ」や「りの」や「ユイカ」や「リカ」の場合、連想を働かせる手がかりすらない。
ひたすらその純粋な音感の愉しみに価値がある。

普通名詞とちがって地名や人名のような固有名詞の場合、意味とのつながりは絶対条件ではない。
見方によってはことば以前の符牒であり、純粋記号と言ってもいい。

しかし人は意味を渇望する。
意味の欠如には耐えることができない。

だからそんな符牒や純粋記号に出会ったとき、そこに無理にでも意味を見出そうとする。
意味を見つけることができなければ連想や感覚で代替しようとする。
連想や感覚で意味の空白を埋めてようやく安心する。

つくづく人間は厄介な生き物である。

|

« 固有名詞と意味(その2) | トップページ | 固有名詞と意味(その4) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 固有名詞と意味(その2) | トップページ | 固有名詞と意味(その4) »