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2013年6月14日 (金)

固有名詞と意味

人の名、土地の名といった固有名詞はことばだろうか?

一応名詞に品詞分類されているからことばとしての扱いは受けているし、多分本人もその気でいる。

しかし、ことばの意味という観点から見れば疑問なしとしない。

なぜなら固有名詞が指し示している先にあるものが「意味」といえるかどうかあやしいからだ。

三ノ宮駅からJR神戸線に乗って西に向かうと、須磨あたりから海沿いを走るようになる。

須磨、塩屋、垂水、舞子、朝霧、明石…。

由緒ありげな名を持つ駅を次々に通り過ぎる。

駅名表示板はひらがな書きである。

すま、しおや、たるみ、まいこ、あさぎり、あかし…。

「しおや」、「たるみ」、「まいこ」、「あさぎり」は漢字を離れても意味を了解することができる。
すでに日本語に登録されている語彙やその結合であるからだ。

しかし、「すま」はどうか?

「すま」という2音節の音連続は、いまのところ日本語に語彙登録されていない。

辞書で「すま」を引くと、須磨という地名のほかに「さば科の硬骨魚」というのが出ているけれども、一般的な日本語の語彙と言えない。
「すま」を日本語の語彙として日常的に用いている人などいない。

つまり、「すま」は今のところ意味を有していない。

須磨は摂津国のすみっこにある。その「すみ」がなまって「すま」に転じた。
という苦しまぎれの説があるが、もちろんこんなのは取るに足らない。

たしかに「すま」という言語記号は、神戸市須磨区あたりの地域を指している。
しかし、その地域概念を「意味」と言っていいかどうか?

もしそれが意味でないとすれば、「すま」という語が指し示している先には何もないことになる。
しかし、それではいかにも落ち着かない。

そこで人はその空白を何かで埋めようとする。

たとえば、源氏物語の「須磨」の帖を思い浮かべる。
あるいは「淡路島 かよう千鳥の啼く声に…」の古歌を口ずさんだりする。
若い人たちならビーチのにぎわいを思いだすかもしれない。

しかしこれらは「すま」の意味ではない。
「すま」という音声記号あるいは「須磨」という文字記号に触発された映像的、音響的連想に過ぎない。

もし「すま」という地名が国内の他の場所にもあるとすれば、その「すま」はまったく異なる連想を誘うだろう。

このような次第で、「すま」という地名は意味を欠いている、という点でことばといえるかどうかあやしい。
しかし、逆に意味から自由であるために人はそこに豊かな連想をはたらかせることができる、という一面もある。

「すま」は意味の欠如を嘆いているだろうか?
それとも意味からの自由を謳歌しているだろうか?

一度本心を聞いてみたい気がする。

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