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2013年5月12日 (日)

ことばと意味(その14)

ことばと意味は「持ちつ持たれつ」である。

そんな陳腐な結論を残して、私は意味の森の前を立ち去ろうとしている。

「持ちつ持たれつ」は相互依存ということであって、ことばと意味の関係の性質をあらわしているにすぎない。
両者の関係そのものをずばりと解明しているわけではない。

それに、ことばそのもの、意味そのものについても何も語っていない。

われながら欲求不満の残る結論である。
この程度の結論しか残せなかったことはまことに慙愧に堪えない。

このような不本意な事態に立ち至ったのは、私が落とし穴にはまってしまったからである。

私が落とし穴にはまったいきさつは、今になって考えてみれば次のようなものであった。

「ことばは意味を持っている」というテーゼがある。
とりあえず、当たり前といっていいテーゼである。

また、「意味はことばであらわすことができる」というテーゼもある。
これまた、だれもがうなずくテーゼである。

しかるに、このふたつのテーゼを連結してみると変なことになる。

「ことばは意味を持っており、その意味はことばであらわすことができる」

ふたつのもっともなテーゼから導かれたこの第3のテーゼは、読めば読むほど妙な味がする。

これって、一種のトートロジーじゃないの?
合わせ鏡の無間地獄じゃないの?

私は初めのふたつのまともなテーゼをたどっているうちに、この落とし穴にはまってしまったのだった。
そうとも知らず、穴の中でもがいていたのだった。

気がついた時はあとの祭り。
万事休す。

落とし穴からの突破口を見つけられない以上、降参するしかなかったのだ。

まあ今回は苦いけれどいい経験をさせてもらった。
ということで今後の糧としたい。

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