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2013年4月22日 (月)

ことばと意味(その11)

私の力不足ゆえに、ことばと意味の関係については結局解明することがかなわなかった。
しかし、この間の悪戦苦闘がまったく「無意味」であった、というわけではない。

というのは、「いみ」と「かみ」のつながりを発見することができたからだ。
思わぬ副産物と言っていい。

「かみ」はやまとことばだけれど、「いみ」はれっきとした漢語である。
まったく異なった性質を持つことばなのに、語呂が似ているというだけで強引に結びつけるとはこじつけも甚だしい!
そんなふうに憤慨される方もいるかもしれない。

たしかに偶然のなせる技かもしれないけれど、私などはどうしても偶然を超えた縁の存在を感じてしまう。

そういえば、意味を宇宙に充満するエーテルにたとえたこともあった。
エーテルはわたしたちには感知することができないけれども、この世界のすみずみにまで満ちている。

神さまもまた、姿かたちは見えないもののつねにわたしたちに臨在している。

「いみ」と「かみ」はひとつながりの関係にある。
そして、「かみ」はわたしたちに生きることの「いみ」を開示してくれるのだ。

ともあれ意味のエーテルがわたしたちの住むこの世界を満たしている。

しかし、エーテルは流体だから切れ目がない。
いわばのっぺらぼうで、取り付く島がない。

これでは世に棲むわれわれの立場がない。

そこで、ことばの出番なのである。
ことばが登場して、天衣無縫の意味のエーテルに切れ目や目印をせっせと入れていくのだ。

そうすることではじめて、わたしたちがまともに暮らすことのできる意味空間が出来上がる。
用いられる言語によって切れ目や目印のあり方はさまざまだから、意味空間の風景もまた言語集団によって多彩である。

人々のために意味のエーテルに切れ目や目印を入れていくこと。
これがことばの使命である。

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