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2013年3月 9日 (土)

ことばと意味(その5)

前回はことばと意味の関係をさぐっているうちに、わけのわからない無意味な結論にぶつかってしまった。

どうやら迷路に入り込んでしまったようだ。
ここは冷静になって対策を考えなければいけない。

発端は、「ことばには意味がある」というキャッチフレーズが書かれた岩波新書のしおりだった。

この文を素直に解釈すれば、ことばと意味は別もの、ということになる。

たしかにわたしたちの慣習として、ことばと意味は別ものだ、という意識が当然の前提になっている。
だから、「このことばの意味は何か?」という設問が成立したりする。

私だって、「日本語の『かみ』ということばは多様な意味を蔵している」などと書いているところを見ると、無批判にこの慣習を受け入れていることが分かる。
反省しなければならない。

前回はとりあえずこの慣習を受け入れて、ではことばと意味の関係如何!と考えてみたのだった。

やや幼稚かもしれないけれど、ことばを箱に、意味をその中身にたとえてみた。
すると、箱の中にはまた箱が、そのまた箱の中にはまた箱が、という無間地獄に陥ってしまった。

どうやら、ことばと意味の関係にはとてつもないパラドクスが潜んでいるようだ。
気をつけなくてはいけない。

だからと言って、、ことばと意味は別ものではなくことばがすなわち意味、意味とはことばそのものである。
ということはできない。

だって、ことばとは何かを指し示すための記号なのだから。

ことばとその「何か」はやはり別ものだと言わざるを得ない。
「つくえ」ということばで指し示される「何か」はみなさんご承知の通りの物体であり記号ではないのだ。

だとすれば、この物体がわたしたちの探し求めていた「意味」に当たるのだろうか?

しかし、一概にそうとも言えないところがまた悩ましい。

というのは、「つくえ」ということばで指し示される「何か」は、いま私が作業をしている個々の実体を超えたひとつの概念なのだ。

「つくえ」という言語記号。
それによって指し示される「概念」。
さらにその概念によって代表される個々の「実体」。

何とまたひとつ変数が増えてしまった!

この調子では、「意味」を探し求める旅は困難をきわめそうだ。

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