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2013年3月31日 (日)

ことばと意味(その8)

すべては「ことばには意味がある」という岩波新書のしおりから始まった。

このキャッチフレーズを目にした瞬間から、ことばと意味の関係について向き合わざるを得なくなった。
困難な旅が始まったのだ。

「ことばには意味がある」ということは、ことばと意味は別ものだということである。

「意味 記号・表現によって表される内容またはメッセージ。言語・作品・行為など何らかの表現を通じて表され、またそこから汲み取れるその表現のねらい」

辞書にもそんなふうに解説されている。

内容、メッセージ、ねらいなどさまざまな言い方がされているけれども、いずれにせよ意味とはことばとは別の「何か」なのだ。

この認識はわたしたちに深く共有されている。
ほとんど無意識と言えるまでに、わたしたちの言語意識に浸透している。
ふりかえってみると、私もまた「意味」という語をこの認識のもとに用いていた。

ことばと意味は別ものという命題を受け入れるとすれば、ではことばと意味の関係如何という問いがただちに浮上してくる。

そしてここしばらく、私なりにことばと意味の関係をめぐって幼稚な思考を重ねてきたのだった。

その結果はどうだったか?

私の幼稚な思考能力ではこの問題は手に余るということが分かったのだ。
そうである以上、この問題からは撤退しなければならない。

しかし、手ぶらで撤退するのはくやしい。
北島選手だって、ロンドンから手ぶらでは帰らなかった。

だから、「意味」を聖なる森のお社に祭り上げることで一件落着、という体裁をとったのだ。

厄介な存在をおだてて祭り上げてしまう。
というのは世間でよく行われている知恵だけれど、私も今回は苦しまぎれについついその手を使ってしまったわけである。

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