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2013年2月 9日 (土)

ことばと意味

日本語の特徴のひとつとして、音節の種類が少ないという点があげられる。
ものの本によると、世界最少の部類に属するそうだ。

つまり語の生成に利用できる資源としての音節に乏しいということである。

その乏しい資源をやりくりして、ことばを生み出し使いこなさなければならない。
わたしたち日本語話者は、そんな宿命を負っている。

乏しい資源を使い回さなければならないから、必然的に同じひとつの語が多くの意味を担うようになる。
極端な場合は、少し前にお話しした「きく」や「よむ」などのように正反対の意味を併せ持つことさえある。

昨年末に取り上げた「かみ」という語も、多義的な語の代表例だ。

あえて漢字を用いて、意味を分割してみる。

まず「神」。
そして、「上」、「髪」、「紙」など。

「さつまのかみ」や「はりまのかみ」など律令制下の職名を意味するときは「守」と表記したりする。
少し前に話題になった「おかみさん」や「おかみ」の場合は「内儀」、「女将」などと当て字することもある。

「かみ」をことばの発生学的な視点から観察してみたい。

大昔、ことばが生まれて間もない頃は万事が素朴だったにちがいない。
だから「かみ」は漠然と空間的に「うえのほう」を指したのだと思う。

川の水は「かわかみ」、つまり「うえのほう」から流れてくる。
そういえば、「髪」も身体の「うえのほう」にある。

古代、人々は人間を超越した絶対的な存在があると信じた。
太陽神信仰などその代表的なものだ。

太陽はわたしたちの「うえのほう」すなわち「かみ」に存在する。
だから「かみさま」。
何という素朴な、ほほえましいネーミング!

時代が下って、その空間感覚が社会関係にも拡大された。
だから、えらい人を指して「お上」と言うようになった。
国庁でえらそうにしている役人も「薩摩守」と呼ばれるようになった。

このように多義的とはいえ、もとをただせば同じ意味の源泉から派生したものだ。

問題は「紙」だけれど…。

これもこじつければ同じ意味の源泉から派生したものと言うことができそうな気もする。
しかし、ここでは全然別の語源から生じた、とさらりと言っておくほうが楽である。

「神」や「髪」や「上」と語源は異なるけれど、なにぶん資源としての音節に乏しいから偶然同じ音連続「かみ」になった。
つまり同音異義語と理解しておこう。

多義的な語が多いこと。
同音異義語が多いこと。

これは音節資源に乏しい日本語にとって宿命的なことだ。

たしかにまぎらわしくややこしいことだけれども、日本語ではひとつひとつの語がふくよかな意味とイメージを蔵している、これを生かそうじゃないか!

そんなふうに前向きにとらえることも必要かもしれない。

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