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2012年12月30日 (日)

頭としっぽ(その5)

英語には「お」や「ご」にあたる接頭辞がない。
「さま」、「さん」、「ちゃん」のような接尾辞もない。

したがって「おいもさん」のように、接頭辞と接尾辞で自立語をはさみうちにしてサンドイッチに仕立て上げるという芸当もできようはずがない。

マレー語やフラマン語や中国語など他の言語ではそこらへんどうだろうか?

さて、サンドイッチの具に当たる部分が「いも」ならばいざ知らず、「かみ」という面妖な語が入ると事態は一気に複雑になる、というのがここしばらくのお話だった。

「かみさま」と「かみさん」。
「おかみ」と「おかみさん」。

これだけでも日本語特有のサンドイッチ装置と「かみ」という語の激しいせめぎあいが見て取れる。

そこで、少しでも話を簡単にするために「かみ」の意味を「神」に限定してみよう。

わたしたちのまわりには神社仏閣がたくさんある。
それをどう呼んでいるか?

近所に稲荷大明神を祀る神社があれば、わたしたちはそれを「おいなりさん」と呼ぶ。
不動明王を祀るお寺があれば、「おふどうさん」と呼ぶ。

神仏をサンドイッチに仕立てて平然としている。
むしろ親しみをこめてそう呼ぶ。

住吉大社なら「すみよっさん」だし、戎大黒天を祀るお宮があれば「えべっさん」である。
ここまでくれば、もうとなりの「陽気なおっさん」感覚だ。

この点、キリスト教やユダヤ教やイスラムの唯一神はサンドイッチ化をきびしく拒む。

だから「神さま」以外にあり得ない。
あるいは、「さま」をつけることさえおこがましいから「神」と呼び捨てにする。

「今宵、神の祝福がひとしくみなさんの上に注がれますように…」
神父さんはそう祈る。

日本列島に住まいする神仏は、わたしたちとの間の垣根がずいぶん低い。
わたしたちの理解も共感も絶するパレスチナ生まれの唯一神とはちがうのだ。

サンドイッチ検定によってそのことが分かる。

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