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2012年12月15日 (土)

頭としっぽ(その3)

名の下につく接尾辞として、「さま」、「さん」のほかに「ちゃん」があった。

雅子さま 雅子さん 雅子ちゃん…。

待遇表現の視点から言うと、この順で距離感覚、上下感覚が低減する。
逆に親密感が増す。

「ちゃん」は親密感が高いのでもっぱらファーストネームにつく。
ファミリーネームとは相性が悪い。

「山田さま」、「山田さん」は言えても「山田ちゃん」は不可である。
どうしてもくっつけたい時には、「山ちゃん」とファミリーネームを変形しなければならない。

気安く「ちゃん」と呼ぶけれど、名を変形するほどのパワーを秘めている。

生まれたばかりの嬰児は、皮膚が赤みががっている。
だから大人は思わず「赤ちゃん」と呼んでしまう。

考えてみれば実に素朴なことばだ。

他の言語、たとえばロシア語だとかタガログ語だとかバスク語などの場合、「赤ちゃん」のことを何と呼んでいるのだろう?
同じように語形に素朴な感情の発露が認められるのだろうか?

接尾辞「ちゃん」は人を素朴の世界に誘い込む。

「ほら、わんちゃん来たよ、あそこに」
お母さんが小さな子にそう話しかける。

「わん、わん」と吠える生き物が向こうからやってきた。
だから、「わんちゃん」。

何という素朴な世界!
語の恣意性などというテーゼはここでは通用しない。

接尾辞「さま」、「さん」、「ちゃん」のふるまいと機能。
それは、単に待遇表現の枠内で片づけてしまってはとらえきれない何かを秘めているように思える。

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