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2012年10月13日 (土)

「思う」と「考える」(その5)

「思う」がとる目的語は「もの」であるのに対して、「考える」がとる目的語は「こと」である。

前回はそんなお話をした。

するとある人から、「おい、そいつはちょっと考えものだぞ」という言いかたもあるじゃないか、と反論された。

うーむ、これはたしかに「考え」と「もの」が結合した例だ。

しかし、この場合の「もの」は「考える」の目的語ではないような感じがする。
動詞と目的語の関係というより、「考え」と「もの」というふたつの名詞の並列にすぎない。

という苦しい弁明でこの場は切り抜けたいのだけれど、いかがだろうか?

ともあれ、

「そんなこと、考えたってしかたないじゃないか」
「そんなもの、考えたってしかたないじゃないか」

というふたつの文例を比べてみても、「考える」の目的語は「こと」のほうが自然であることはまちがいない。

ところで、私がつねづね不審に感じていることがひとつある。

それは、「考える」という動詞は基本語彙にしては音節数が多すぎるのではないか、ということである。

「思う」は3音節。
それに対して「考える」は5音節もある。

しかも「思う」に対して「考える」は口の筋肉をいそがしく動かさなくてはならない。
要するに、言いにくい、発話の際のエネルギー消費が大きい、ということである。

基本語彙でありながらどうしてこんなにも言いにくいのだろう?

それは、古代「思う」は頻繁に口にする語彙であったのに対して、「考える」はめったに使う必要のないことばであったから。

人々の心はまず感性が発達し、理性はずっと後になって発達したから。

そうした精神活動の発達の系譜を反映して、まず「思う」という語が成立しその後に「考える」という語が成立したから。

というつたない自問自答を試みたのだけれど、まちがっているだろうか?

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