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2012年7月13日 (金)

「話す」と「語る」

発話行為を意味する日本語の動詞は多い。

はなす、いう、しゃべる、かたる、のべる、つげる、その他いろいろ…。

それぞれ、意味やニュアンスが少しずつちがう。

その中でも今回は「はなす」と「かたる」に注目してみたい。

「話す」は「離す」あるいは「放す」である。

というのが前々回の大事なテーゼだった。

「話す」という行為は、内的言語、自分の内部にひとり占めしてきたことばを、「外」の世界に放して人々と共有しようという公共性を指向した決断である。

考えてみれば、崇高な行為である。

時と場合によっては、秘密めいた行為でもある。
「これは君だけに話すことだが…」

しかし、相手にとってその中身が別に必要のないものであれば、押しつけがましい行為にもなる。

「話す」というのは一筋縄ではいかない多義的な行為であることが分かる。

では、「語る」は?

「語る」ということばから、わたしたちはその行為の背後にストーリーの存在を感じる。

つまり、筋書きがある。
「老人はその半生を静かに語りはじめた…」

ストーリーや筋書きなら、創作することもできる。
人は事実や真実でないことも「語る」ことができるのだ。

だから、「語る」は「騙る」に通じる。
「銀行員をかたって、暗証番号を聞き出そうとするケースが増えています…」

ストーリーは「物語」である。
「語る」がとる目的語は「もの」である。

一方、「話す」がとる目的語は「こと」である。
「これは君だけに話すことだが…」

「もの」と「こと」のちがいを考えはじめたらただではすまないような気がするので、ここでは控えよう。
ただ、この点から見ても「話す」と「語る」の性質のちがいは歴然としている。

「はなす」と「かたる」だけでもこれだけのちがいがある。
人がことばを口にするという行為は実に深遠と言わざるを得ない。

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