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2012年5月13日 (日)

究極の選択(その2)

いまわたしたちは話しことばと書きことばを当たり前のように併用して毎日を暮らしている。

だから、前回のように突然独裁者があらわれてどちらか一つだけを選べと迫られる事態など考えてもみない。

それだけにその究極の選択には、ふだん表には出てこないわたしたちの言語意識があらわになる。

何も独裁者の布告でなくていい。
簡単なアンケートでもいい。

「あなたは書きことば、話しことばのうち、いずれか一方だけ使用を許されるとしたら、どちらを選びますか?」

アンケートなら、まずこんなふうに質問文を提示する。
そして、付属のフェイスシートに性別、年齢、職業、居住地域などを記入してもらう。

集計結果が楽しみだ。

書きことば派、話しことば派、どちらがどれくらいの割合を占めるだろうか?
さらに、性別、年齢、職業、居住地域などによってどのような違いがあらわれるだろうか?

このアンケート構想は対象を日本語集団に限らない。
英語圏、中国語、マレー語、ハンガリー語などさまざまな言語圏で同じようなアンケートを実施すればいい。

そして、結果を横断的に比較分析してみる。
言語圏によって、有意の差があらわれるだろうか?

「文字言語は音声言語のしもべ」
そんな風に伝統的に音声言語優位の価値観を持つ欧米諸語では、話しことば派が多数を占めるだろうか?

漢字で国家としての一体性を確保しているところのある中国では、書きことば派が優位に立つだろうか?

それとも、言語圏や文化圏の違いを超えて、現代文明を支えているのは文字言語だという共通認識が人々の間で出来上がっているのか…?

はたまた、人間を人間たらしめているのは音声言語だという根源的な信念が文明生活を犠牲にすることも辞さないのか?

このアンケートを通じて得られる知見は少なくないと思う。
ひょっとしてもうだれかがやっているだろうか?

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