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2011年11月27日 (日)

オノマトペの正体(その2)

「かれはバタンと勢いよくドアを閉めて出ていった…。」

こんなありふれた日本語文があるとしよう。

これを英語や韓国語やスワヒリ語ではどう翻訳するだろう。
とりわけ、「バタンと」という擬音語の部分はどうか?

「バタン」は、ドアの閉まる際に発生する物理音を日本語の言語音で模倣し、それをカタカナによる文字表記であらわしたものだ。
このこと自体は英語でも別にむずかしくない。

たとえば犬の鳴き声は英語の言語音でも模倣することはできるし、それを「BOWWOW」とローマ字表記することも可能だ。

そもそもオノマトペという用語自体、古代ギリシャ語に源を発する。

しかし、こうした擬音語、擬声語がどのように言語表現に取り込まれるか、という点になると日本語と西欧諸語とでは大きなちがいがある。

少なくとも英語の訳文になると「バタンと」の部分は文から閉めだされてしまうだろう。
そして、(西欧諸語の価値観では)もっとまっとうな形容詞や副詞によって置き換えられるにちがいない。

つまり、西欧諸語ではオノマトペは可能であるとしても構文の中では孤立した存在なのだ。

たとえば、日本の二歳児は「わんわん、きた」と言う。
構文の中で、擬音語が主語になりうる。

イギリスの二歳児はどうか?
「バウワウ、きた」と言うだろうか?

よく言われることだけれど、日本文学を外国語に翻訳する人のご苦労には本当に頭が下がる。

日本語にオノマトペが多いのは、日本語が自然界に対して開かれているからだ。
そんな変な仮説を開陳したのは少し前のことだった。

しかし、いくら日本語でも自然界の荒々しい物理音にそのまま土足で乱入されては困る。

だれかが勢いよくドアを閉める。
しかし、そのときに発生する物理音は言語音ではない以上、本当は再現不能なのだ。
決して「バタン」という物理音が発生しているわけじゃない。

それが、「バタンと」という副詞節として構文の中におさまりドアを閉めた人の心理まで暗示するようになる。

そのプロセスにはいくつかの秘儀的な「すりかえ」や暗黙の了解がある。

そのことを本当はみな知っているけれのだけれども、見て見ぬふりをするのが作法というもの。

世の中には、所々そんな領域がありますね。

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