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2011年9月26日 (月)

命名のスタイル(その2)

台風にしろ軍艦にしろ、日本では土地の名から採り欧米では人の名が好んで用いられる。

「シャルル・ドゴール空港」や空母「ロナルド・レーガン」など、ついこの間まで生きていた生ぐさい政治家の名が用いられるのは日本語話者の感覚では理解しにくい。

その背景には古代ローマ以来の伝統があるにせよ、良かれ悪しかれ欧米では個々人の存在感が大きいということの反映ではないだろうか?

そういえば、街には必ず広場がありその真ん中にだれかの像が建っていることが多い。
赤煉瓦の壁面には、「1897年から1922年まで、なにがしがこのアパートに住いした」というプレートがはめ込まれている。
都市の空間に、特定個人の存在がしっかり刻印されている…。

日本語圏では世の中で人間だけが、特定の個人だけがきわだって強烈な存在感を発揮することは少ない。

例外的に江戸期の大坂では、都市の公共施設たとえば橋や運河、街区の名前などに個人名がよく用いられた。
源八橋、心斎橋、淀屋橋、道頓堀、宗右衛門町、久太郎町などなど…。

きっとそのころの大坂は、江戸とちがって町人の存在感が圧倒的に大きかったのだ。

ともあれ、人は土地にちなんでその名乗りを上げ、土地は人にちなんで名づけられる。
この相互依存性、このブログではわれながら口がすっぱくなるほどお話ししてきた。

もう飽きてこられた方も多いと思うので、このシリーズの最後に土地と人の相互依存性を一身に体現した名付けのあり方にふれておきたい。

正式な命名、というのではないけれど、民衆が親しく呼びならわす名前というのがある。
そこでは、土地の名と人の名がセットになって用いられる。

たとえば、「清水の次郎長」やその子分とされる「遠州森の石松」。
また、演歌に歌われる「潮来の伊太郎」や「佐久の鯉太郎」…。

なぜかやくざや博徒ばかりが浮かんでくるけれど、他の分野にも人々からこのような呼ばれかたをした人物は多いにちがいない。

西洋なら、熱血修道士「クレルボーのベルナール」、女傑「アクティーヌのエレオノール」、宰相「ティロスのグイエルモ」…。
塩野七生さんの『十字軍物語』を読むと、当時の人々からこのように呼びならわされた有名人が何人も登場する。
みな次郎長と同じく土地の名と人の名がセットになっている。

むかしは土地と人の結びつきは今よりもはるかに強かったから、土地の名と人の名をセットで呼ぶことでその人の人となりや存在感がより鮮やかになる。

ヘロドトスも、『歴史』の開巻冒頭で「本書はハリカルナッソス出身のヘロドトスが…」とみずから名乗りを上げている。

今とちがって情報が文字よりも記憶に依存するところが大きかったから、土地の名と人の名をセットで呼ぶという戦略は情報の保持と伝達の面でなかなか効果があったにちがいない。

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