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2011年8月21日 (日)

乗り物と名前

前回は、船や車の名前にまで話が及んだ。

船には人間と同じようにその船ごとに固有の名前がつけられる。
しかし、車の場合、たとえ愛車であっても固有名がつくことはほとんどない。

森見登美彦さんの小説の主人公は自分の愛車(といっても自転車だが)に「まなみ号」という名前をつけているけれど、これは一般的な行いではない。

ともあれ、わたしたちの認識の解像度が船と車とではちがうことがこれまでの研究(?)でわかった。

船に次いで人間が利用しはじめた乗り物は馬やロバ、牛などの家畜である。
「愛馬」ということばもあるけれど、飼い主や乗り手は自分の馬に固有名をつけたのだろうか?

「あおよ、達者でな…」
お百姓さんが丹精込めて育てた自分の馬を手離さなければならなくなった時、そう言って涙ながらに別れを告げる、というのはよく聞く話だけれど本当だろうか?

戦いに明け暮れた中世の騎士や武士にとって馬は消耗品みたいなものだから、いちいち名前などつけなかったと思うのだが、実際はどうだったのだろう?
『中世騎士の所有する馬の命名法について』という研究論文は、大英図書館にでも行けば読めるのだろうか?

競馬の馬は、賭けの対象だから固有の名前を持たなければならない。
何だか変な名前が多いけれど、あれはどういう伝統に基づくのだろう?

去年の晩夏から秋にかけて、このブログでは列車の名前について話の花が咲いた。

新幹線にも「のぞみ」や「ひかり」など愛称がついているが、あれは運行単位に対してつけられた名前である。
新大阪7時43分東京行きの列車には「のぞみ306号」の名前がつけられているが、走っている車体は同じではない。
ここが船とちがうところだ。

では、飛行機はどうか、小惑星探査機はどうなんだ…。
乗り物と名前の関係を考えはじめると話はどんどん広がって収拾がつかなくなる。
このへんで切り上げさせてくださいね。

ふたたび船に戻って、その命名のあり方ひとつをとっても言語圏によって明らかにちがう。

たとえば、横須賀に配備されているアメリカ海軍の航空母艦の名は「ジョージ・ワシントン」。
船に生身の人間の名前をつける感覚が、日本語話者にはわからない。

ワシントンはすでに歴史上の人物になってるからまだいい。
空母「ロナルド・レーガン」なんて、ついこないだまで生々しく活動していた人物の名である。

日本語話者なら、海上自衛隊の巡洋艦に「小泉純一郎」なんて名前をつけることは考えられない。
日本海軍創設の立役者だった「勝海舟」でさえ、受け入れられないだろう。

とりあえず英語圏と日本語を比べてみたけれど、中国語ではどうか、タイ語ではどうか、などさまざまな言語圏について船の命名法を比較してみるのも面白い。

そのことによって、世界には実にさまざまな船の命名法がありますよ、というトリヴィアルな知識が増えるだけではない。
言語圏による人間観のちがいも浮き彫りになる。

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