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2011年7月24日 (日)

神さまの名前(その2)

唯一絶対の神さまに名前があるのかないのか?

「名」の性質をめぐってあれこれ訪ね歩いているうちに、とうとうこんなところにまでたどり着いてしまった。

どのみち答えが出る問いでないのはわかっている。
しかし、もう少しだけ愚考を重ねてみたい。

日本語の世界では、キリスト教の神さまを指す語として「主」や「父」が採用されている。

むろん、これらは神さまの「名前」ではない。

唯一絶対の神さまに名前があるのかないのか、容易に結論が出ないので暫定的に別の語を流用して間に合わせているにすぎない。
かなり苦しまぎれの策である。

ヘブライ語やギリシャ語の原典では、ここらへんをどのように切り抜けているのだろう?

ところで、私はこれまでずいぶん気楽に「神さま」という語を連発してきたけれど、今になって素朴な疑問に直面している。

はたして日本語の「神」という語は神さまの「名前」なのか?

「神」は「主」や「父」とちがって他からの流用ではない。
「神」は神さまをストレートに指している。
他の何ものも意味していない。

だから、わたしたちは宗教の違いを超えて思わず「神さま、どうかお助けを!」と叫ぶ。
英語の「Oh,My God!」は、少し意味がちがうかもしれないが…。

一神教と多神教とでは同じ「神」という語でもその位置づけはちょっとちがう。

多神教の世界では多数の神格が存在するから、「神」だけで片づけるわけにはいかない。
人間と同じように、固有の名が必要になる。

アマテラスがいて、スサノオがいて、ニニギノミコトがいて、アメノウズメがいる。
そして、みなさんをまとめて「神」という。

その点、一神教では「神」のひとことですむ。
「神」は普通名詞であり、同時に固有名詞である。

だから、唯一絶対の一神教の場合は「神さまの名前は『神』である」と結論づけることもできそうだ。
もっともこれでは、「わが名は存リテ存ルモノ」と大して変わらないかもしれないが…。

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